東京に平岡円四郎の墓

一橋慶喜の側近、渋沢栄一を登用

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コンクリート製の平岡円四郎の墓と住職の持田貫信さん=6月、東京都墨田区の本久寺

 後に徳川幕府最後の将軍となる一橋慶喜の側近だった平岡円四郎の墓が、東京都墨田区の日蓮宗本久寺に残されていることが3日、分かった。平岡は明治維新後の日本経済の礎を築いた渋沢栄一を見いだしたことでも知られる。墓は関東大震災と東京大空襲の2度にわたり被災。改葬後の所在は子孫の記憶も途絶えていたが、東京都公文書館が保管する墳墓調書と本久寺がまとめた墓籍簿に記録があった。

 平岡は開国を巡って混乱する幕末期、幕府と朝廷の公武合体で安定を目指した慶喜に、一橋家の家老並など重職に抜てきされた。農民出身の勤王志士だった渋沢の才能を見込んで家臣とした。