14歳中学生を77日間ベッドに拘束 摂食障害で入院の精神科に下った判決は

 14歳の女子中学生がダイエットを始めたら、行き過ぎで摂食障害(拒食症)になった。病院の精神科に入院後「家に帰りたい」と点滴を抜くと、ベッドに体を拘束され、77日間も続いた。「そこまでする必要が本当にあったのか」。大人になった女性は病院を相手に訴訟を起こし、このほど判決が言い渡された。彼女には、裁判を通じて社会に訴えたいことがあった。(共同通信=市川亨)

東京地裁の判決後、記者会見する武田美里さん

 ▽4人がかりで

 女性は武田美里さん(27)。武田さんは中学2年だった2008年1月ごろからダイエットを始めた。食べることへの拒否反応が強くなり、3年に進級した後の5月には154センチの身長で体重が35キロまで減少。体調も悪化したため、東京都内にある総合病院の思春期精神科病棟に入院した。

 入院から5日後、武田さんは音楽を聴くことも認められない生活や病院側の対応に納得できず、点滴を自分で抜いた。武田さんが説得に応じないため、担当医は身体拘束を指示し、看護師が4人がかりで両手足と肩をベッドにくくりつけた。武田さんは再び点滴を挿入され、鼻からのチューブで栄養を注入。尿道にカテーテルを入れられ、トイレも行けなくなった。

実際の拘束具を使った身体拘束のイメージ=「精神科医療の隔離・身体拘束」(長谷川利夫・杏林大教授著、日本評論社)より

 拘束されている間、武田さんは担当医に不信感やいら立ちをぶつけたが、徐々に食事を取るようになり、治療に前向きな気持ちや担当医の考えへの理解を示すように。段階的に拘束が解除されたが、全て外されたのは2カ月半後。拘束は77日間に及んだ。

 「退院した後も生活は悲惨だった」と武田さん。拘束されたときのことがフラッシュバックし、体が動かなくなる。「死にたくなるというより、とにかく『忘れたい』『眠っていたい』という気持ちになった。悔しかった」

 20歳になるのを待ってすぐにカルテの開示を請求。訴訟の準備を始め、病院を運営する「公立学校共済組合」を相手に損害賠償を求める訴えを18年に東京地裁へ起こした。

 ▽17日間は違法

 6月24日に迎えた判決。東京地裁は77日間の拘束のうち最後の17日間については必要性が認められず、違法だったと認定。賠償請求額2541万円のうち、精神的苦痛への慰謝料などとして110万円の支払いを命じた。

 そもそも、自由を奪う身体拘束は重大な人権侵害だ。精神科で拘束が認められるのはどんな場合なのか。精神保健福祉法に基づく厚生労働省の基準は「患者の尊厳を尊重し、人権に配慮しつつ、自由の制限は最も少ない方法で行わなければならない」と定めている。

 身体拘束の具体的な要件としては、(1)自殺企図や自傷行為が著しく切迫している(2)多動や不穏が顕著(3)放置すれば患者の生命に危険が及ぶ恐れがある―場合と規定。「代替方法が見いだされるまでのやむを得ない処置」と位置付けており、できるだけ早期に他の方法に切り替えるよう求めている。

 判決は、拘束前の武田さんの様子を「落ち着きを取り戻していた」とする一方、担当医の判断について「必要な治療に協力する意思がないと認め、生命に危険が及ぶ恐れがあるとともに、拘束以外に的確な方法がないと考えたことは不合理とは言えない」と指摘。ただし17日間の拘束については、武田さんが治療に非協力的だったとは言えないとして、要件に該当しないとの判断を示した。

 ▽異常性知って

 判決後、記者会見した武田さんは「一部勝訴したのはうれしいが、60日間が合法とされたのは怒りしかない。私にとっては恐ろしく長い期間だった」と話し、控訴する考えを示した。

 代理人の北村聡子弁護士は「医師が厚労省の基準をどう解釈するかに当たっては、司法の審査も期間の制限もない」として、厳格な解釈を求めるべきだと判決を批判した。

武田さんと共に記者会見する長谷川利夫・杏林大教授(中央)、北村聡子弁護士(右)

 日本の精神医療の体質が背景にあると指摘するのは、杏林大の長谷川利夫教授。武田さんの訴訟を支援し、会見に同席した長谷川教授は「身体拘束のきっかけとなったのは点滴の抜去だが、『なぜ抜いたのか』と行動の意味を考えるのが、あるべき精神医療の姿だ。治療の名の下に、人を支配する手段として拘束を使っている」と改善を求めた。

 実名で顔を出して記者会見した武田さん。決意を込めてこう訴えた。

 「私が声を上げたのは、精神科の安易な拘束の異常性を世間に伝えたかったからです。精神科へ行けば簡単に病名を付けられ、誰でも入院させられ、拘束される可能性がある。遠くの世界の話ではない。『明日、こういう体験をするのは自分かもしれない』と考えてほしい」

 ▽取材を終えて

 14歳の女子中学生が言うことを聞かず、治療に応じないから2カ月半、ベッドに縛り付ける。

 「極端なケースでしょ」と思うかもしれない。だが、厚労省の研究班が19~20年に全国の精神科を対象に実施した調査では、15年を超える5663日にわたって医師が拘束を指示していた例があった。長期間の拘束によるエコノミークラス症候群などで亡くなった患者は13年以降、分かっているだけで12人いる。しかも、おそらくこれらは氷山の一角だ。

 15年も体の自由を奪われるとは、どんな気持ちだろうか。重大な罪を犯したわけでもない。ただ、心の病を患っただけだ。ここは中世の独裁国家ではない。21世紀の日本で起きている、紛れもない現実だ。

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