鉄道の時間帯別運賃に国がお墨付き!? 第2次「交通政策基本計画」を閣議決定 貨客混載推進の「総合物流施策大綱」も【コラム】

朝の通勤風景。鉄道においてはコロナ前に比べ定期客は2~3割程度減少しています。(写真:ABC / PIXTA)

2021年5~6月に国の交通分野の基本方針3件が相次いで決まりました。1つ目は5月28日の第2次「交通政策基本計画」、2つ目は同日の第5次「社会資本整備重点計画」、ラストは6月15日の「総合物流施策大綱(2021年度~2025年度)」。いずれも国土交通省が計画をつくり、政府の閣議決定を受けた、国レベルのマスタープランです。

2020年からのコロナで、社会は大きく変わりました。交通も「目的地に早く着けばいい」という単純な図式で語れなくなったわけですが、ニューノーマル(新しい常態)の時代に、行政や事業者の針路を表すのが新計画や大綱。と書くのは簡単ですが、国の文書は無味乾燥で、普通に読んでも何を言いたいのか良く分かりません。ここでは本サイトの読者諸兄にも興味を持っていただけるよう、鉄道分野に絞った〝超意訳〟で解説しました。

発端は移動する権利だった!? 政権交代の争点にも

第2次交通政策基本計画を中心に紹介します。堅い話になる点をお許しいただいた上で、そもそも交通政策基本計画とは何なのでしょうか?

2013年12月に「交通政策基本法」という新しい法律が施行されました(法律が効力を持つことです)。法制化が構想された10年ちょっと前、「移動権(自由に移動できる権利)」を基本的人権の一つとして認めるかどうか、議論を呼んでいました。

鉄道はきっぷを買えば(お金があれば)、どこでも自由に行けます。バスやクルマもあるし、日本には一応移動権はありそうです。でも、地方だとクルマがなくて日常の買い物に困る人もいる。そういう人に移動を権利として認めようという考え方が移動権で、フランスでは法律で一応認められています。

日本では、旧民主党が2009年の政権交代時の政策に掲げ、2011年に交通基本法案が国会提出されたのですが、直後に発生した東日本大震災で廃案に。政権を取り戻した自民党が「交通政策基本法」に名称を変え、2013年に成立しましたが、移動権は認められませんでした。

交通政策基本法では、国が交通政策の指針になる「交通政策基本計画」を策定するとしており、2015年2月に最初の計画が閣議決定されました。以来6年を経過して、改訂版の第2次計画で中身を見直すことにしました。

ポストコロナで浮上した鉄道の時間帯別運賃

ここから鉄道に絞って、第2次計画のポイントを解説します。ニュースサイトなどで話題になっているのが、「鉄道の時間帯別運賃」。第2次計画には、「誰もが、より快適で容易に移動できる、生活に必要不可欠な交通の維持・確保」の実践策として、次のようなフレーズあります。

「ポストコロナ時代の働き方の変化や、公共交通機関の利用実態を見据え、混雑緩和など交通サービスのあるべき姿を検討する。特に大都市部の通勤鉄道では、混雑緩和を促すため、時差通勤などの分散乗車を一層深めるほか、変動運賃制(ダイナミックプラシング)などの新たな対策について、効果や課題を十分検討する」(大意)。

ダイナミックプライシングは、航空運賃で定着しています。同じ路線でも、早朝や深夜のように利用しにくい便は運賃を安く、逆に日中時間帯の便は高く設定します。すると時間にシビアなビジネス客は日中便、余裕のある観光客は早朝や深夜便に搭乗し、全体でバランスが取れます。これを鉄道にも応用しようというのが、国の考え方です。

商売の常道に反する?

とにもかくにも国のお墨付きを得たわけで、一部事業者は実施方法を検討しているとも報道されます。ラッシュ時間帯は運賃を高く、それ以外は安くして全体をならす。単純には「グッジョブ!?」と思うかもしれませんが、そうは問屋が卸さない。

皆さんが、都心に通勤するサラリーマンならどう思いますか。混雑する、座れない、サービスがいいといえない列車に乗せられて、おまけに運賃は高い。商売の常道なら、やることは逆なのかもしれませんね。本章に鉄道事業者の皆さんへの悪意はありません。ご容赦願います。

新幹線フリースペースやMaaSの全国実装

鉄道事業者各社もスマホに対応する情報提供を強化しています=イメージ=(写真:sasaki106 / PIXTA)

時間帯別運賃以外の鉄道関係では、「地域公共交通の維持」、「MaaSの全国実装」、「ホームドアや車両をはじめとする鉄道バリアフリー化」、「新幹線の車いす用フリースペース」などが明記されました。

新幹線フリースペースの普及方針には、「障がい者が一般旅客と同じ手続きで公共交通機関を利用することができるよう、乗車券類のオンライン化を推進する(大意)」とも。スマートフォン万能時代らしく、オンライン化の有効性に言及したのが、第2次計画の目新しい点かもしれません。

夏休みの予算編成を視野に

鉄軌道、路線バス、旅客船、コミュニティバス、デマンド交通、乗用タクシー、自家用有償旅客輸送、福祉輸送、スクールバスなど多様な移動手段の連携が求められる地域公共交通=イメージ=(画像:国土交通省)

閑話休題、なぜ今、交通政策基本計画をはじめとする3件の基本方針が、ほぼ一斉に出そろったのか。鉄道業界を見渡せば、都市鉄道はともかく、地方鉄道は国や自治体の支援がないとやっていけないところが多い。交通政策基本計画では地域公共交通の必要性が指摘されており、国や自治体が地方鉄道やバス会社を支援する際の根拠になります。

もう一つ、これから8月末まで、国の最大行事(?)といえる、2022年度予算案の編成作業が各府省庁でヤマ場を迎えます。予算編成のベース、どんな事業を新規に始め、何をやめるのかの指針を表すのが交通政策基本計画などです。

自治体の担当者は、自分たち地域の事業に2022年度も国の予算を付けてもらえるのか疑心暗鬼。霞ヶ関の官庁街には、地方から関係者がバスを連ねて陳情に訪れます(もちろん鉄道事業者も)。日本は良くも悪くも、神頼みならぬ〝お上頼み〟なんですね。

第2次交通政策基本計画の対象期間は、2021年度~2025年度の5年間です。この間にコロナが収束して、社会が元に戻るかどうかが最大の課題。鉄道に興味を持つ方なら、時間帯別運賃がどうなるのか、ニュースなどに関心を払っておきましょう。

社会資本整備重点計画には鉄道ネットワークやホームドアの整備

鉄道輸送の快適性向上につながる新幹線のフリースペース=イメージ=(画像:国土交通省)

社会資本整備重点計画は、名前の通り社会資本、つまりインフラ整備についての国の基本方針です。社会資本整備重点計画法という、そのまんまの名前の法律に基づくマスタープランで、2003年度に初めて策定され、今回は第5次、交通政策基本計画より長い歴史を持ちます。計画期間は、交通と同じく2021年度からの5年間です。

鉄道は線路や駅舎、車両のハードはインフラ、事業者が運行する列車(正確にはダイヤなどだと思いますが)はソフトと区分けされます。しかし、改定された重点計画をみれば、「新たな人の流れや地域間交流促進のための基盤としての鉄道による交通ネットワーク整備」、「災害時の交通機能確保に向けての地下駅の浸水防止対策」、「安全な移動・生活空間確保のためのホームドア整備」などと、中身は交通政策推進基本計画と大差ありません。

裏を探れば、国交省は2001年の省庁再編で運輸省と建設省が統合されて発足したのですが、今も国土と交通の担当セクションには、仕切りがあったりします。そもそも交通政策基本計画と社会資本整備重点計画は見ている人が違うわけで、2つの計画が車の両輪になって、便利で利用しやすい交通や鉄道が実現されることに期待しましょう。

総合物流施策大綱では貨客混載を推進

鉄道で始まった貨客混載は乗合バス、貸切バス、タクシー、自家用有償旅客運送と輸送手段を多様化させています。(資料:国土交通省)

最後に、「総合物流施策大綱(2021年度~2025年度)」をワンポイント。文字通り物流分野の基本方針で、初めて策定されたのは1997年度。20年を超す歴史を持ち、今回の大綱が第7次です。

物流のマスタープランということで想像できるように、鉄道では環境特性に優れた貨物鉄道へのモーダルシフトなどが盛り込まれています。本サイトのもう一つの注目点は、鉄道系ニュースにも頻繁に登場する貨客混載です。

改訂版の大綱には、「コロナ感染症の拡大に伴う新しい生活様式への対応で、新幹線や高速バスを活用した地方の農水産品の貨物輸送サービスなど多様な交通モードによる貨客混載も登場している。このような取り組みは旅客輸送網の維持につながるだけでなく、物流効率化にも資することから、適切な展開を図る(大意)」と記載。国レベルでも、貨客混載を加速させる方針が示されました。

文:上里夏生

© 株式会社エキスプレス