最前線担う身 コロナ感染「不覚」 予防徹底も家庭で 試練の先に見据える進歩 長崎大研究拠点の調氏

「試練の先にどんなイノベーションがもたらされるか、見てみたい」とポストコロナについて語る調氏=長崎市文教町、長崎大(撮影のためにマスクを外しています)

 新型コロナウイルス対処の最前線を担う長崎大。その元副学長で、同大感染症共同研究拠点の副拠点長を務める調漸(しらべすすむ)教授(65)は1月、新型コロナに感染した。仕事柄、職場はもちろん行く先々で予防に努めてきたが、感染ルートは「予想外」の家庭だった。医師の経験上も「出合ったことがないタイプの感染症」は、後遺症や風評による人権侵害をもたらしたが、ポストコロナの世界に期待をつなぐ。
 1人暮らしの母親は年末年始、調氏の自宅で過ごす。元日ごろから少しせき込んでいたが、熱もなく、調氏は気に留めていなかった。ところが、年末まで母親が通っていたデイサービス施設で職員が感染した、という情報が5日になって届いた。
 すぐに同拠点の安田二朗教授(新興ウイルス感染症学)に電話で相談。「念のため」と検査した結果は、母親と妻、食事を共にした義姉が陽性だった。ウイルス量などから、母親が年末に感染し、妻にうつしたと推察された。3人は隔離のため母親宅で過ごすことに。調氏も一度は陰性と判定されたが、翌6日の再検査で陽性となった。
 それまで、やむを得ず東京に出張する際は日帰りにし、電車移動や人混みを避けるなど、かなり神経を使ってきた。よもや、家族のうち、人と会う機会が最も少ない母親を介して感染するとは思ってもいなかった。「不覚だった。でも、これは運命。なるようにしかならない」。せめて安田教授の研究に役立てばと、感染した4人と飼い猫の唾液、便をほぼ毎日提供した。
 6日午後、長崎大学病院のコロナ外来を受診した。4人とも目立った症状はなく、自宅療養と決まったが、母親がその日のうちに、調氏も8日、せきや熱が出て入院した。
 調氏の専門は神経内科だが、普段の診療でインフルエンザなどさまざまな感染症と接してきた。しかし、自らが感染し「いままで出合ったことがない」印象を受けた。体温が上がるにつれ、血中の酸素飽和度は下降。どちらもゆっくりと、しかし確実に。入院8日目の15日、唾液中のウイルス量は激減したのに、体温は38度に達した。主治医団から治療開始を告げられた。

陽性と判定され、自宅で療養する調氏。間もなく、せきや熱が出て入院する(本人提供)

 胸のエックス線検査やコンピューター断層撮影(CT)の画像には、すりガラスのような影が数カ所映っていた。肺炎だ。点滴は抗ウイルス剤レムデシビル。併せて、免疫が過剰に働いて臓器を攻撃する「サイトカインストーム」を抑え込むため、ステロイドホルモン剤のデキサメタゾンを経口投与した。すると翌日には症状が幾分和らぎ、20日には退院できた。
 10年前に禁煙したのが幸いしたのか。「ヘビースモーカーだった頃の低い血中酸素飽和度では生還できなかったかもしれない」。在宅療養中、体温とともに、パルスオキシメーターで酸素飽和度を測っていたことも、異常に早く気付き、入院治療につなげられた要因とみる。
 それでも、しばらくは体がだるく、気力の湧かない状態が続いた。味覚障害は退院後1週間で回復したものの、嗅覚は5カ月以上たった今も戻っていない。香りのないコーヒーは味気なく、めいる。
 調氏が新型コロナを「出合ったことのない感染症」と捉えたのは、症状だけが理由ではない。
 長崎大は職員の感染について、個人に関わる情報を公表していない。だがインターネットには、調氏の個人情報が事実誤認の要素も交えて流された。
 ある医師の息子が感染し自宅待機となった際も、さまざまなうわさが飛び交った。調氏は別の医師から「一家がいたたまれず転居した」と聞いた。驚いて当事者の医師に尋ねると、全くのデマ。それだけでなく「息子は感染を苦に自殺したことになっている」という。県外に住む調氏の友人もこの流言を信じ込み、義憤をブログに記して拡散させてしまった。
 これほど人々を翻弄(ほんろう)するコロナ禍を経た先には-。調氏は感染症研究に携わる大学人として、むしろ期待を持って見据える。
 長崎大が蛍光LAMP法を活用した迅速検査機器を開発するなど、診断方法は飛躍的に進歩した。治療法はまだ手探りが続いているが、ワクチン接種は加速している。「以前と比べ感染症に対する社会の理解も随分深まった」と調氏は評価し、こう続けた。「元に戻るのではなく、新しい暮らし方や常識が生まれ、定着していくのだろう。試練の先にどんなイノベーション(革新)がもたらされるか、見てみたい」

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