米人気ラッパーのロジック、1年での引退撤回とその直後に出したアルバムの内容とは

2021年6月に音楽業界からの引退宣言を撤回したばかりのラッパーのロジック(Logic)が、過去にリリースしていたミックス・テープに収められていた音源を初めて公式に配信する『YS Collection Vol.1』を6月25日にリリースした。このロジックの引退発言と撤回、そしてこのアルバムについてライター/翻訳家である池城美菜子さんに寄稿いただきました。

<引退撤回直後の新曲動画:Logic - Intro>

ラッパーの引退撤回はヒップホップの伝統芸

2020年7月『No Pressure』をもって約10年のキャリアに終止符を打った……はずだったロジックが引退宣言を撤回した。予想はしていたけれど、ここまで早いなら「引退」ではなくて「休業」って言えばよかったのに、とか、今後は狼少年(青年?)のレッテルを貼られるぞー、とか、喜ばしいニュースであるにもかかわらず、まんまと騙されたのもあって複雑な気分のファンも多いのでは?(なにを隠そう筆者がそうだ)。生まれたばかりだった息子との時間をもちたいのが引退の理由だった。実は、『No Pressure』の「DadBod」でのリリックではもう少し深刻な理由を吐露していた。

My manic depression make me constantly wanna panic
I’m stressing on stage, pretendin’ everybody undressing
I think I’ll never learn my lesson, but fuck it all, it doesn’t matter
Ayo, I’m on a lyrical, poetic rhetoric
Lyrical miracle, satirical shit
If you don’t like my conscious rap, you won’t like my material shit
Love him or hate him, everybody know Logic can spit
躁鬱病のせいでしょっちゅうパニクる
ステージでもストレスを感じる 観客のみんなを裸だと思い込もうとしたり
いつまでも学べないみたい でもどうでもいいよ 関係ない
エイヨー 俺はリリカル 詩的でレトリック
奇跡的なリリック 風刺的なやつ
俺のコンシャス・ラップが嫌いなら 俺の作品も嫌いだろうね
俺が大好きでも大嫌いでも ロジックはラップできるってみんな知っている

ステージでの緊張を解くために日本は「人」と掌に書いて飲み込むが、アメリカでは、観客を裸だと思い込めと言われる。ロジックはツアー中心の生活が精神的にきつかった、とインタビューでも言っていた。引退→引退撤回はヒップホップの伝統芸だ。いままでも3年で戻ってきたジェイ・Z、NBA プレイヤーへの転身を試み、いい線まで行ったマスター・P、神の道に入って戻ってきたメイスなどたくさんいる。「最後の1点です!」と店頭で言われたらつい買ってしまうのと同じ心理が働くため、引退アルバムはだいたい売れる。問題は、撤回後にその動きが吉と出るか。不在期間にトレンドが変わってしまったり、引退のインパクトが大きすぎて「過去の人」感が出てしまったりで、元のステータスに戻れないケースも珍しくない。

では、本稿の主人公のロジックはどうか?

「今後出す音楽次第」という当たり前すぎる見解になってしまうが、復帰作『YS Collection Vol.1』の出し方はとても賢かったと思う。最後の「Tokyo Nights」との日本人としては気になるタイトルの曲以外は、2011年『Young Sinatra』、2012年『Young Sinatra : Undeniable』、2013年『Young Sinatra : Welcome to Forever』のヤング・シナトラ・ミックステープのシリーズから抜粋した曲で構成されている。長年のファンから人気が高いミックステープ・シリーズであるが、サンプリングのクリアランスが難しく、ストリーミングでは聴けなかった。それを、Def Jamと力を合わせてクリアランスを成し遂げたのだ。

ロジックの経歴

『YS Collection Vol.1』の解説の前に、ロジックの基本情報を。彼はメリーランド出身のラッパーで、碧眼と肌の色で誤解されやすいが父親が黒人、母親が白人のバイ・レイシャルである。その父親は麻薬、母親はアルコールの中毒に苦しみ、半分血のつながった7人の兄弟のうち2人がドラッグ・ディーラーという壮絶な環境で育っている。13才のときにクェンティン・タランティーノ監督映画『キルビル』に出会い、ウータン・クラン総帥RZAが担当したスコアに惹かれてヒップホップに夢中になったそう。「黒人のフリをしやがって」と揶揄されたものの、母からNワードで罵倒された家庭環境だったため、自意識としては黒人でもある、という心情をよくリリックにしている。

2010年にラッパーとしての活動を本格化させ、ミックステープで注目を集め、2013年にはXXL誌のフレッシュマン特集に選出され、プロデューサーのNo.IDに見出されてデビュー。2014年から2020年までリリースしたアルバム6枚のうち、最初の3枚がプラチナム・セールス、それ以外の作品もビルボードのアルバム・チャートのトップか2位に送り込んできた。

ロジックの特徴はヒップホップにたいする深い知識があり、それを引用するのとストーリー・テリングが巧みなこと。もう一つ、自分を必要以上に強く、もしくは悪く見せたりせずに等身大のイメージをそのまま伝えてきたのも大きいと思う。また、ゲーム実況が上手だったり、小説『Supermarket』を上梓したりと多才な人でもある。ゲーム実況の才能は配信サービスのtwitchとの独占契約へとつながり、その契約金がドルで7桁越え(円だと億以上)であるのも話題になった。

実際、twitchから新しいトラックを発表したり、『YS Collection Vol.1』の準備をしたりと引退とはほど遠い多忙ぶりだった1年だった。6月に新曲「Intro」をリリースして引退を撤回、7月2日にドロップした「Vaccine」(ワクチン!)ではトラップっぽいフロウを披露しつつ、本格的にラッパーとしての活動再開を宣言している。 

『YS Collection Vol.1』と聴きどころとお薦めの3曲

準備運動として『YS Collection Vol.1』を楽しむための聴きどころを解説しよう。ロジックは最大のインスピレーションの源として、外見が少し似ているフランク・シナトラを挙げている。彼はイタリア系移民のたたき上げで、黒人への人種差別が激しい時代にはっきりと反差別を標榜した20世紀最大の歌手のひとりにして人気俳優でもあったエンターテイナーだ。ロジックはキャリア当初から「ヤング・シナトラ」というペルソナを作り、ロジック名義としては2作目のミックステープ『Young Sinatra』から続けてヤング・シナトラ3部作をリリース。アートワークはすべてフランク・シナトラの若い頃の写真を使っているうえ、フランクが自分のクルーを「Ratpack」と呼んだのを真似て、仲間を指して「Rattpack」と名付ける心酔ぶりだ。

『YS Collection Vol.1』を予備知識なしで聴くと、ヒップホップ好きなら「ニヤリ」を通り越して大笑いしてしまう瞬間が度々訪れると思う。なにしろ、大ネタのオンパレード。代表曲の「We Get High」はジェームス・ブラウンの「Funky President」使いだし、続く「Relaxation」はア・トライブ・コールド・クエストの同名曲のビート・ジャックだ。「Funky President」は「Just Another Day」でも使っているうえ、同時にクィーン・ラティーファの同名曲のオマージュもしている凝りよう。「Walk On By」もディオンヌ・ワーウィックが大ヒットさせたアメリカン・スタンダード使い。そのため、ゴリゴリのラップ好きでなくても聴きやすい。『Young Sinatra』は10年前の作品だから声は若いが、ラップの巧みさは完成されている。このミックステープから3曲、『Young Sinatra-Undeniable』と『Young Sinatra-Welcome to Forever』からは5曲ずつ収録している。3曲ほど印象的な歌詞を抜粋して解説しよう。

All I Do

Ever since I was a youngin I knew I’d break in the game
While you worshiped other rappers that leave you less entertained
I was strategizing before the people knew my name
Fame what I shall attain on the road to success
Bumping Jay in the H.O.V. lane
若い頃からラップ・ゲームでブレイクするのはわかっていた
みんなが面白くもないラッパーに夢中になっている間
俺は戦略を立てたんだ 有名になる前にね
名声を得るために成功する
ジェイ・Zを聴いてH.O.V.みたいに行く

20才前後で戦略的に売り出し方を考えていた、言い切っていたのがすごい。 

One (feat. Frank Sinatra)

ほぼ非公式のミックステープであればハードルが低いヴァーチャル共演も、正規リリースをする際は障害となる。『YS Collection Vol.1』のすごい点は、フランク・シナトラと2パック・シャクールとの共演を収録していること。「One」はフランク・シナトラのグラミー賞受賞曲「It Was Very Good Year」の歌詞で21才に言及している部分を使用。「It was all dream」とビギー・スモールズの「Juicy」と同じ歌いだしで始めたあと、レストランで働いていた1年前と大きく状況が変わったことを伝える。

White boy at first glance but when I rhyme they know
Race don’t mean a fucking thing the second that I flow
It’s been a year and everything I said would happen has
While everybody that I know was out havin’ a blast
I was right here in the studio bustin’ my ass
It’s been a year, I’m 21 but I feel (35)
パッと見は白人だけど 俺がラップしたら気づくでしょ
人種なんてクソほど関係なくなる 俺がフローをかましたら
1年が経って 言っていたことが全部実現した
俺の知り合いみんな 外で派手に遊んでいた間
俺はこのスタジオに籠って 必死こいていた
1年経って 21才になったけど35みたいに感じるよ 

Dead President Ⅲ

非常に欲ばりな曲である。2パックの「Hail Mary」とNasの「The World is Yours」をサンプリングしたうえに、ジェイ・Zの「Dead President Ⅱ」の続編に勝手に位置づけているのだ。1996年のデビュー作『Reasonable Doubt』に収録したこの曲でジェイ・ZがNasの「I'm out for presidents to represent me (Got Money)」をサンプリングして、その後のビーフの種になったと言われる。世代の異なるロジックは、しれっとこのクラシックを使うだけあり、気合いの入ったラップで聴かせる。

Only 22 but I feel like I’m 99
Back in 1999, that’s when I began to rhyme
Surrounded by narcotics and crime but you know I shine
Daddy was smoking crack, I was raised by a single mom
Fasting every night I ain’t talking bout no Ramadan
I was poor as fuck me and my mama, we didn’t have a dime
At 16, the school system dismissed him and wished him well
But my mama never fought it, how the fuck could I prevail?
So I focused on this music and used it to create a life of my own
I left home at 17
まだ22才だけど99才みたいな気がする
1999年にラップを始めたんだ
ドラッグや犯罪に囲まれていたけど俺は輝けた
父さんはクラック中毒で母さんだけに育てられた
毎晩飢えていたよ ラマダンの断食でもないのにね
マジで貧乏 俺と母さんは一文無し
16才で学校からお元気でって放り出されて
でも母さんは抗議してくれなかった どうしようもないよね?
だから音楽に集中してそれで自分の人生を歩むようになったんだ
家を出たのは17才だよ

ロジックの壮絶な生い立ちが垣間覗ける曲だ。

説教くさくないコンシャス・ラッパー

この3部作をリリースしたあと、ロジックは2014年『Under Pressure』で無事にデビュー。自分の半生を語りつつ、社会的な視点をもつコンシャス・ラッパーに分類されるが、けっして説教くさくならないところが魅力だ。ナード(オタク)体質のキャラクターでがっちりしたファン層と、かなり激しいヘイターの両方をもっているラッパーでもある。

2017年には若年層の自殺を問題視し、24時間の自殺予防ホットラインをテーマにした「1-800-273-8255」で大ヒットを放つ。ここでフィーチャーしたアレッシア・カーラとカリードと2018年のグラミー賞でパフォーマンスを披露している。直接的に音楽で行動するコンセプトは高く評価され、日本ではSKY-HIがビート・ジャックで同じ意図の「0570-064-556」を発表した。

さて、気になるのは『YS Collection Vol.1』最後に収録された「Tokyo Nights」の内容だが、実はリリックはほぼ無関係なので、東京に来たときに書いたのかもしれない。「キルビル」「ウルトラ85」のふたつのタトゥーをカタカナで入れているので日本好きなのはまちがいないが、タトゥーの由来を説明している動画で堂々と「漢字なんだ!」と言っているので、次の来日時は「それ、カタカナですよ」とだれか説明してあげてほしい。

Written By 池城 美菜子

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ロジック『YS Collection Vol.1』
2021年6月25日

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