唾液検査で大腸がんを検出、検出時間1分で精度83.4% 慶大先端生命研が開発

 慶應義塾大学先端生命科学研究所(慶大先端生命研)は、新たに開発した多検体同時測定技術を活用し、唾液中のがんマーカーであるポリアミン類を1検体あたり1分で測定することに成功したと発表した。また大腸がん患者と健常者の検体を用いた検証では、83.4%の精度でがんを検出できたとする結果も発表した。この数値は既存の大腸がんのバイオマーカーより精度が高く、患者負担を軽減し、かつより精度の高い検査の実用化が期待される。

40検体を同時に検査する技術を新規開発、大幅なコスト削減に道

 成果を発表したのは慶應義塾大学先端生命科学研究所の曽我朋義教授、五十嵐香織技術員らの研究グループ。今回研究グループが採用したポリアミン類は、大腸がん、膵臓がんなどのがん患者の唾液や尿で急激に増加することが知られているが、既存の方法では1検体の測定に10分以上必要とされている。この時間と費用のハードルを突破するため、研究グループは既存の測定法である「CE-MS法」[^undefined]を拡張した「多検体同時測定 CE-MS 法」を開発した。

図1 多検体同時分析 CE-MS 法によるポリアミン測定の原理

 具体的な手法は、まずキャピラリー(毛細管)に唾液検体40検体分を1度に順次注入するというもの(図1ではa 黄色、赤、緑、青の4 検体)。泳動バッファ(BGE)も交互に順次注入し、その後電圧をかける。すると唾液中のポリアミン類などのイオンは質量分析計(MS)方向に移動するが、唾液検体にかかる電圧とBGEにかかる電圧に違いが出るためそれぞれの移動速度にも違いが生じ、結果、ポリアミン類などのイオンは各検体と BGE の境界でスタックされる(図 1b)。その後、検体とBGE の液が混合すると印加電圧は一定になるため(図 1c)、一定の移動速度でポリアミン類などは MS に向かい、それぞれの化合物が持つ固有の質量で検出される(図 1d)。

図 3 多検体同時分析 CE-MS 法による唾液中のポリアミン類(7 種類)の測定例

 研究グループではこの測定法の応用として、東京医大で採取された健常者 20 例、大腸がん患者 20 例、計 40 検体の唾液中ポリアミンを測定した。結果は図 3 に示した通り、どのポリアミンも健常者と比べ大腸がん患者で高値を示し、40 検体を40 分(サンプル注入 20 分、測定 20 分)で分析できた。

 さらに検証として、健常者 57 例、大腸良性ポリープ患者 26 例、大腸がん患者 276 例から採取した唾液中のポリアミン類を測定したところ(図4)、健常者や大腸良性ポリープ患者に比べ、大腸がん患者で 3 種類のポリアミン濃度が有意に高くなっていることが判明した。この3つのうち「N1-アセチルスペルミン」に関しては、大腸がん患者を 83.4%の精度で非がん患者と区別できることが分かった。この精度は、既存の大腸がんの血液マーカーである CEA、CA19-9、NSE など(精度 56-77%)より高い精度で大腸がんを診断できることを示している。

図 4 多検体同時分析 CE-MS 法による健常者、大腸ポリープ、大腸がん患者の唾液中の N1-アセチルスペルミジン、N1-アセチルスペルミン、N1,N12-ジアセチルスペルミンの測定結果

 研究グループの杉本昌弘教授らは、唾液検査を主幹事業とするベンチャー「サリバテック」を創業しており、同社へ技術移転することで既存検査の大幅なコストダウン、大規模化を実現できると見込んでいる。グループの曽我朋義教授は「本法は唾液のポリアミン測定による大腸がんの診断の大規模・迅速分析を実現した。ポリアミン以外の低分子マーカーの臨床応用も実現する測定技術であると考えている」と述べている。なお、研究成果は論文として分析化学誌『Journal of Chromatography A』電子版に掲載された。

※1 キャピラリー電気泳動-質量分析計(CE-MS)法
試料を細長いキャピラリー(内径 50μm、長さ 1m)に導入後、その両端に高電圧を加えることにより、イオン性を持つ物質がキャピラリー内を異なった速度で移動する原理を利用して分離後、質量分析計に導入し各物質の同定、定量を行う方法。

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