東京五輪にかける在日3世の思い 韓国選手団副団長、語る「境界人」の使命

東京五輪の韓国選手団で副団長を務める在日3世の崔潤さん(OK金融グループ提供)

 熱い人だ。自らを韓国と日本の間で生きる「境界人」と呼ぶ。母国のビジネス界に飛び込み、持ち前のバイタリティーをもとに一代で企業グループを築き上げた。元ラグビー選手の在日韓国人3世、崔潤(チェ・ユン)さん。生まれ育った日本で開催される東京五輪で、世界のスポーツ強国の一つ、韓国の選手団副団長としての重責を担う。

 巡り合わせを感じている。「自分が生まれた翌年に(前回の1964年)東京五輪がありました。57年ぶりの今回東京五輪を自分も57歳で迎えます」。同五輪翌年の65年には日韓基本条約が締結された。国交正常化後の日韓両国の時間軸は、そのまま自身の人生の歩みの年譜でもあるようだ。(共同通信=豊田正彦)

 名古屋市千種区の出身。中学ではサッカーに親しみ、名古屋学院高(現名古屋高)でラグビーを始めた。「学校の運動部の中で人気は4、5番目くらいだった」そうだが、地味ながら粘りとパワーが要求されるフォワード(FW)の第1列から第3列までのポジションをこなした。名古屋学院大学在学中は学校の部に所属せずクラブチームの「愛知闘球団」でプレーした。

 現在の経営マインドは若い頃のラグビー経験が生きている。「ラグビーは人生に似ています。いろんなポジションがあって、みんなで成果を出す。お互いを尊敬し合い絶対にルール違反せず、紳士として真っ向向かっていく」と信念を込めて話す。

5月に行われた韓国のラグビー春季リーグ戦中学部の試合(OK金融グループ提供)

 企業の社会貢献を重んずる韓国の風土で、バレーボールのプロチームを運営し、マイナースポーツや障害者スポーツの支援を続けてきた。今年初めには韓国ラグビー協会会長選挙に立候補して当選。矢継ぎ早の改革を進めている。コーチと選手の研修会を実施し、日本の全国高校大会で2季連続4強入りした大阪朝鮮高級学校の呉英吉(オ・ヨンギル)元監督を協会理事に迎え、積極的な強化・普及プランを練っている。

 東京五輪のラグビー7人制男子にはアジア地区予選を勝ち抜いた代表チームが出場する。日本植民地時代に旧制中学の朝鮮人チームが全国大会を制覇し、民族的な身体サイズや気質にマッチしたスポーツと言われることがある。80年代後半から2000年代初めにかけては、日本代表を度々破るなどアジアでトップレベルにあった。東京五輪は「ベスト8入りできるよう頑張りたいです。そしてラグビーを国内の花形スポーツにしたい」と再興に向けて意気込む。

5月に韓国であったラグビーの春季リーグ戦高校部の試合(OK金融グループ提供)

 ビジネスの話題に戻す。大学を卒業して大規模な焼き肉店を起こした。「日本では(国籍の壁があり)公務員や教師になれない。一流企業も少しハードルが高かった。自立心は自然とできた」。99年から韓国に投資を始め 2004年には祖国に移住した。「学閥、地縁が大事な国だが、私にはそれらが全くなかった」。裸一貫で飛び込み、産業の隙間に入る形で金融会社を起こした。自分で考えたという「異端より出発して正統を目指し、正統になるも新たな異端を目指す」の言葉通り、休みなくチャレンジを続けた。現在は国内外に約4千人の従業員を抱えるOK金融グループ会長を務める。

 韓国は経済発展とともに国民が世界に目を向ける意識が高くなった。崔さんは「市民が多様性を理解するようになった」とも感じている。その延長線上に、2年前に理事長に就任した韓国系の大阪金剛インターナショナル小中高校(旧金剛学園小中高校)での試みがある。校名を変更し「在日コリアン、留学生、日本人が韓国を知り、世界を知り、日本初の『境界人』をつくる学校になれば」とビジョンを語る。もちろんラグビー部を創設し「いつか(全国高校大会の舞台である)花園に出たい」と夢を膨らませる。

 祖父は大正時代に朝鮮半島南部の慶尚南道から日本に渡った。「国籍を(日本に)変えないのも『境界人』としての信条です。祖父の代から国際人として育ててくれたということです」。東京五輪は「境界人」としてこれ以上ない晴れ舞台だ。「韓国選手はコロナ禍の中で家族、友人とも会えず黙々と練習してきました。金メダル争いでは10位内に入りたい」と目標を掲げる。ぎくしゃくする日韓関係に「大会中いかに両国が友好を交わせるか。韓日共催の02年サッカー・ワールドカップ(W杯)の時のように。日本関係者と顔を合わせたときは自分が通訳を買って出てもいい」。「境界人」としての使命を果たすことが目標の一つという。

五輪マークのモニュメント=5月28日、東京都新宿区

 東京五輪の韓国選手団には、崔さんと同じ在日3世の選手、コーチもいる。柔道男子の安昌林(アン・チャンリム)選手(東京都生まれ、京都市育ち)、同女子の金知秀(キム・チス)選手(兵庫県出身)、野球の崔一彦(チェ・イルオン)コーチ(山口県出身)だ。それぞれ生まれ育った日本での大舞台に「特別な思い入れ」を持っている。安選手は「僕は在日の代表だと思っている」と誇りを胸に抱く。崔さんの「境界人」の感性と日本をじかに知る若い世代の思いが、出口の見えない日韓関係に晴れ間を呼び込むきっかけとなるか見守りたい。

8日、ソウル市内で行われた東京五輪韓国選手団結団式で団旗を振る張仁華団長(聯合=共同)

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