生物や自然をヒントに技術開発を行うスタートアップ10社

Vincent van Zalinge

ますます多くの科学者や発明家そして起業家が自然から学び、最も深刻な環境や社会課題を解決するために製品やビジネスモデルを生み出している。米バイオミミクリー・インスティチュートは5月、自然界から着想を得た技術を開発する10社のスタートアップを2021年の「Ray of Hope Prize」候補として発表した。このプログラムは、スタートアップのイノベーター達がそれぞれのサステナブルなソリューションをさらに拡大するために支援を行うことを目的としている。10週間のオンライン・アクセラレータープログラムは、10万ドル(約1100万円)の支援を受けるチャンス・ライブ・ピッチで締め括られる。この支援はWWFやパタゴニア、イェール大学などの多様な企業や環境保全団体が行う。そして、この10社のスタートアップには株式交換のない資金も用意されることになっている。(翻訳=梅原洋陽)

米国のタイルカーペット企業「インターフェイス」の創業者であるレイ・アンダーソン(Ray C. Anderson)氏に敬意を表して設立された「Ray of Hope Prize」は、サステナビリティの実践のための専門家によるトレーニングと指導を提供している。10万ドルの支援を受けられるチャンス以外にも、全てのグループがピッチ・プレゼンテーションのトレーニング、製品改良やストーリーを伝えるテクニックの指導を受けられる。そして、バイオミミクリー(生物や自然を模倣した技術や製品を開発すること)のデザイナーや起業家、業界のリーダーや投資家達のコミュニティとのコネクションを持つこともできる。

今年は、301件の応募が49カ国からあった。どのスタートアップも、荒廃したエコシステム(生態系)を再建しながら、採取産業の慣習をなくす試みを行なっている。ファイナリストの10社の取り組みを紹介する。

Aquammodate ( スウェーデン)
Aquammodateは水の浄化方法に革命を起こそうとしている。珪藻(単細胞性の藻類)がシリカから細胞壁を形成し、細胞膜を通して水を運ぶタンパク質であるアクアポリンを利用することをヒントにしている。Aquammodateの効率の良い選択的テクノロジーは純度の高い水を一つのフィルターを通してつくり出し、塩分を大規模に取り除き、ヒ素やマイクロプラスチック、医薬品残留物などの工業汚染物質を除去できる。

Biohm ( イギリス)
Biohmは自然由来の建築材料を製造する企業だ。菌糸から断熱材をつくり(菌類の根)、100%天然のシート素材であるORB(有機性廃棄物のバイオ化合物)を生物学的廃棄物や、植物性バインダーから作り出している。サーキュラーデザインと、自然界のシステム的な栄養循環を採用することで、Biohmの建築素材は、市場の製品より安くさらに高品質となっている。この素材は、よりサステナブルな建設環境を可能にする成長中のイノベーションの一つである。

GROW Oyster Reefs ( 米国)
GROW Oyster Reefsは牡蠣が健全な海岸線を守る上で重要だと主張する。水を浄化し、波から海岸を保護する岩礁を形成する。牡蠣の個体数を守るため、GROWは独自のコンクリート化合物を生産している。化学的にも牡蠣の殻に似ており、ミクロ的にも、マクロ的にも牡蠣の数を増やすために似たデザインとなっている。海岸線のエコシステムを再建するために、自然界と共に働き、GROWの製品は長期にわたる生息地の回復を可能にしている。

Impossible Materials ( スイス)
二酸化チタンは世界で最も使用されている染料だ。道路の白線や日焼け止め、歯磨き粉、そしてドーナツにまで使われている。しかし、チタン採掘は環境に与えるダメージが大きく、二酸化チタンのナノ粒子は発ガン性物質の可能性があると近年言われている。代わりとなる染料を探す中で、シロコガネ(Cyphochilus)という白い甲虫の、外殻にある薄い鱗の構造に白さの秘密があることが分かった。Impossible Materialsはセルロースを使用してその構造を真似ることで、より安全で質の良い、白色染料を作っている。

Infinite Cooling ( 米国)
世界で使用される水の20%は工場や発電所からのものであり、その大部分は冷却塔からの高密度蒸気となってしまう。Infinite Coolingは処理工程を追加することで、冷却塔からの水蒸気を100%捕獲することを可能にしている。ナミブ砂漠の甲虫などの動物が行う大気から水分を凝結する方法をヒントとしている。工場設備内で水循環を完結させることで、Infinite Coolingは年間数百万ドル、そして数百万ガロンの節水を実現している。

Mussel Polymers ( 米国)
Mussel Polymersは、高機能で毒性のない接着剤、ポリ(カテコール)スチレン(PCS)を開発している。ムール貝が使用する過酷な海洋環境でもくっついていられる接着性のあるタンパク質をヒントにしている。PCSは一般の水中接着剤と比較すると300%の強度があり、より多様な物質とくっつくことができる。ムール貝のポリマーは、より多くの業界で使用されることになっていくだろうが、まずはこの製品をサンゴの復元やエコシステムの保護のために売り出していく。

New Iridium ( 米国)
New Iridiumは重金属や、熱を必要としないで光触媒反応を可能とする、有機化学物質を開発している。この技術によって様々な化学反応に必要なエネルギー量や時間を劇的に削減し、コストを下げながらグリーン・ケミストリーを業界のスタンダートに押し上げる道を切り開いている。すでに製薬会社や化学会社で使用されており、New Iridiumは現在、光合成を真似て光エネルギーを使用して水と二酸化炭素を化学エネルギーへと変えるプラットフォームの構築をしている。

Novobiom ( ベルギー)
Novobiomは自然界で最強のリサイクル物質である菌類と微生物を研究している。ブラウンフィールド(利用されなくなった産業・商業用地)やスーパーファンド用地、そして汚染された工業用地などで使用される。特定の汚染物、例えば石油や重金属などに合わせて菌類を選択することでマイコレメディエーション(真菌類などを利用し、有害物質を分解・除去する方法)を起こすため、土を掘り起こし、浄化施設に運び入れる必要がなくなる。Novobiomは世界中に存在する数百万の汚染された場所で、有害物質にシステムレベルでバイオミメティック(生体模倣)アプローチを取り入れることで自然に分解し、回復させる可能性を探究している。

Renaissance Fiber ( 米国)
Renaissance Fiberは昔から行われている、繊維用の麻を栽培している。近代農業の手法と合成繊維の発明によって、麻の栽培は経済的に合理的な選択ではなくなってきた。Renaissance Fiberは潮の流れの中で植物繊維に自然に起きる分解方法を真似て、精練する方法を開発した。これによって、使用するエネルギー量を従来より大幅に引き下げ、さらに手頃で品質の高い麻繊維が製造できるようになった。同社の方法では、炭素を封じこめることができ、自然の炭素吸収源として海に戻すことができる。

Spintex Engineering( イギリス) 
蜘蛛の糸は、自然界の素材の中で最も強度があるとよくいわれており、科学者たちはこの糸を繊維素材として活用する方法を長年探してきた。Spintexはようやく蜘蛛の秘密を暴き、液体ジェルから、蜘蛛が室温で、強い化学薬品を使用せずに糸を作り出せる方法を真似している。Spintexの技術は、合成、石油繊維より1000倍エネルギー効率が良く、副産物は水だけだ。

ファイナリストに残った企業について、米バイオミミクリー・インスティチュートのアントレプレナーシップ・ディレクターであるジャレッド・ヤーナル・シェーン氏は「今年のRay of Hope Prizeの候補者たちは共同で世界の持続可能性への挑戦を行なっている人たちであり、数十億ドルものビジネスチャンスがあるでしょう。私たちのゴールは、多くの科学系起業家が直面する壁を乗り越える支援をし、事業を拡大していく勢いを与えることです」と言う。

Ray of Hope Prizeの候補企業は10週間のオンラインプログラムを受け、6月初旬に専門家の審査員達に向けてピッチ・プレゼンテーションを行った。優勝したのはSpintex Engineeringだ。

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