「うっせぇわ」と歌うエリザベート、正体にビックリ   ミュージカル女優、気付いたらユーチューバー

「エリザベートの気持ちになって『うっせぇわ/Ado』歌ってみた」=YouTubeから

 動画サイト「YouTube」の画面に現れたのは、ドレスとシルバーのアクセサリーで美しく着飾った女性。高貴な姿で「うっせぇうっせぇうっせぇわ」と高らかに歌い上げている。

 ミュージカルの名作「エリザベート」の主人公が、ヒット曲の替え歌に乗せて宮廷生活への不満をぶちまけ、しゅうとめ(皇太后)をののしる動画「エリザベートの気持ちになって『うっせぇわ/Ado』歌ってみた」は、2月に公開されると人気を呼び、再生回数は80万回を超えた。

 記者が何げなくYouTubeを見ていたある日、突如お薦めとしてこの動画が表示された。「うっせぇわ」も「エリザベート」も詳しく知らなかったが、プロ級の歌と上品な見た目、豊かな表情で悪態をつく姿に思わず見入ってしまった。

 しかも、衣装はポリ袋やアルミホイル、トイレットペーパーで自作したものだという。そのギャップにはまり、何度か再生しているうちに、彼女が高校の同級生だということに気がついた。驚きと同時に、疑問も湧いた。なぜYouTubeに出ているの?(共同通信=河村紀子)

 ▽出会いは劇団四季

 「楽しい事が好きで、気付いたらこうなってた」。5月、高校の頃と変わらない笑顔で現れた可知寛子さん(37)。18年ぶりに再会した彼女は、ミュージカル女優になっていた。

 「ミス・サイゴン」や「モーツァルト!」、そして「エリザベート」といった数多くの作品に、さまざまな登場人物を演じ分けるアンサンブルとして出演し、大作を支える重要な役割を果たしている。

 ミュージカルとの出会いは子どもの頃、両親が連れて行ってくれた劇団四季の舞台だった。小学生になると音楽教室でピアノに取り組む傍ら、ミュージカルも習ったが「楽しかったという感覚で、プロになることは考えていなかった」と言う。

可知寛子さん

 ▽挫折を経て選んだ道

 高校受験の際、ピアノを学ぶ道を志したがライバルが多く断念。合格した進学校では、クラスメートが難関大を目指す中、「全然違う方向に行きたかった」と音楽教室の先輩の後を追い、大阪芸術大のミュージカルコースに進んだ。

 ▽USJで主役も

 大学では、宝塚音楽学校の受験経験がある同級生や、劇団四季入団を決めた先輩たちにもまれ「自分もできるのではないか」と刺激を受けた。卒業後はユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)に3年半在籍し、ステージで主役も演じた。

 その後、本格的にミュージカルに挑戦しようと一念発起し、26歳で上京。1年間のアルバイト生活の後、大学の先輩の紹介で受けたオーディションに合格し、ミュージカル女優としての道を歩み始めた。

 ▽城田優さんの一言

 ところが昨春、新型コロナウイルスの影響を受け、出演予定だった作品は上演中止に。急にスケジュールがぽっかり空き、どうしようかと考えている時に、何度か共演経験のあった俳優城田優さんの一言を思い出した。「動画、YouTubeに上げた方がいいよ」

 ツイッターには以前から、歌などの「小ネタ動画」を投稿していた。「ステイホームで時間はあるし、やってみよう」と思い、スマートフォンのみで撮影、編集した動画をYouTubeにアップすると、ミュージカルファンを中心にたちまち話題に。後押しした城田さんもツイッターで「やっぱり向いてるわ」「最高」と絶賛してくれた。

ミュージカルファンのための『ラジオ体操第一』=YouTubeから

 ▽山でライオンキング

 動画のネタは、かつて自主ライブで披露していたパロディーのほか、ミュージカルに感じる「ツッコミどころ」から着想を得た。エリザベートに「うっせぇわ」を歌わせたのは、「他の人の『歌ってみた』動画を見て、文句を言いたいのに言えていないミュージカルのキャラクターでやってみようと思い付いた」からだという。

 ほかにも「アリエルがあの名曲歌いながらめっちゃいい感じにステーキを焼く動画」「ミュージカルファンのための『ラジオ体操第一』」など、独創的な動画を次々に上げた。登録者が増え続け、気付けば立派なユーチューバーとなっていた。

 動画が話題になると、同業者やファンだけでなく、幼なじみや地元の友人からも連絡が来るようになった。その多くが「昔から何も変わってないね」。

 友人らによると、小学生の時にはカセットテープに自作の「ラジオ番組」を吹き込み、周囲に配布していた。高校時代に所属した山岳部では、頂上にたどり着いた達成感と心地よい疲労感に包まれている仲間の前で「ライオンキング」のパロディーを披露。本人は言われるまで忘れていたという。

アリエルがあの名曲歌いながらめっちゃいい感じにステーキを焼く動画=YouTubeから

 ▽脳内にネタ

 記者も覚えている話がある。高校の運動会にはチームごとにテーマを決め、手作り衣装を身に着けた100人近くによる「ショータイム」というプログラムがあった。

 彼女がリーダーとなったチームは中国をテーマに、まさにミュージカルの一幕のようなダンスを披露。クライマックスでは巨大な張りぼての竜まで登場させ、満場一致の1位を獲得した。やはり変わっていない。

 YouTubeチャンネル「魅惑のかちひろこ」の登録者数はおよそ2・9万人(7月7日現在)になった。「ネタのストックは脳内にまだまだある。(城田)優君とはコラボレーションしたいね、とも話している」と笑う。

 ミュージカル女優としても「例えば実年齢より上のおばあさんとか、幅広い役を演じたい」と意欲は衰えない。きっと、これからも小さい頃から培った才能と多様性あふれるセンスを、遺憾なく発揮してくれるはずだ。

© 一般社団法人共同通信社