リレーで五輪へ! デーデー・ブルーノ選手「緊張感出てきた」 両親が語る素顔…速さの秘密は牛乳と肉!?

©株式会社長野放送

特集はオリンピック出場の切符をつかんだ二人の若き陸上選手です。まず、男子400メートルリレーのデーデー・ブルーノ選手。本人の意気込みと両親の喜びの声をお伝えします。

日本選手権・男子100メートル。デーデー・ブルーノ選手は桐生選手や山縣選手を抑え、2位に入りました。

東海大学・デーデー・ブルーノ選手:

「『あ、2番なんだ』って。深い感想はないんですけど2番とれちゃったなと」

この活躍が認められオリンピックのリレーメンバーに選出されました。

東海大学・デーデー・ブルーノ選手:

「ちょっとドキドキはしてて、自分の名前が入ってるのでホっとしてるのとちょっと緊張感が出てきた。(最初に)家族に連絡をした。みんな、おめでとうって言ってくれて、けがしないように頑張ってと言われた」

両親は…。

父親・デーデー・ピーターさん:

「うれしいです、そこまでいけると思わなかった。びっくりしました」

母親・デーデー・千秋さん:

「うれしい反面、不安もありますけど子どもにはよく頑張ったなと言いたい」

デーデー選手は長野県松本市出身。ナイジェリア人の父と日本人の母の間に生まれました。本名は「デーデー・ブルーノ・チクヮド・凌」。小学校2年からサッカーに親しんできましたが足が速く、小中学校を通じてリレーの選手でした。両親は食生活が影響したのではと話します。

母親・デーデー・千秋さん:

「ほぼほぼ毎日、夕飯は肉とお水代わりに牛乳。家で焼き肉なんかしたときに、2キロぐらいお肉を買ってきたけど1キロをみんなで食べて、残りの1キロをブルーノが食べた」

陸上競技を始めたのは高校生になってから。サッカー部に入りますが伸び悩み、1年の秋で退部。友人の勧めもあり陸上部に入り直します。

東海大学・デーデー・ブルーノ選手:

「結構楽しかった。自分のやったことないスポーツだったのでいろんなことが新鮮で、新しいことをどんどん吸収できるのが面白かった」

母親・デーデー・千秋さん:

「楽しい楽しいって言って高校生の時も一生懸命、練習してたみたいだし、自分でこれでやっと一生懸命になれるものが、夢中になれるものができたって喜んでた」

3年生の県大会で100メートル優勝。インターハイでも5位と、陸上に転向して3年もたたずにスプリンターとして才能を開花させていきました。

当時の恩師・山崎豊茂教頭:

「周りにいい選手がいて、仲良くなりついていった。その選手たちの後を追い、吸収も早く伸びていった」

代表選出に…。

当時の恩師・山崎豊茂教頭:

「ホッとしたのが正直…。もし走る機会があれば、長野県の代表として、そして松本で生まれ育った選手としてぜひ頑張ってもらえれば」

後輩たちは…。

陸上部3年:

「中学校の時から憧れていた選手なので(選出を)聞いてすごくうれしい」

陸上部2年:

「後半、圧倒的な速さなので力強く勝ってほしい」

東海大学に進学すると今年4月から岡谷市出身のメダリスト・塚原直貴さんの指導を受け、さらなる実力を身に付けます。

東海大学・デーデー・ブルーノ選手:

「塚原さんに見てもらい始めたのが結構、大きいのかな。体の使い方や腕振りのこと、あとは走りの中での空間づくりを教えてもらった」

デーデー選手のコーチ・塚原直貴さん:

「彼の強みは一本、一本ラウンドを踏んだレースが研ぎ澄まされていくところが、上で戦う選手として大事な部分。牙をむき出しにしない、牙をむかない心優しい野獣と言いますか、そんな感じをすごく感じるので彼のひょうひょうとした感じはある意味強み」

「心優しい野獣」と評されるデーデー選手。オンとオフの切り替えは昔からはっきりしていたようです。

東海大学・デーデー・ブルーノ選手:

「(高校時代は)南松本のイトーヨーカドーのフードコートでしゃべったりしてた。ジュースとか買ってみんなで携帯のゲームをやってた。(今も)オフの日は自分のやりたいことで映画見たり、ゲームやったり、友達と電話したり、あまり陸上の事は考えないようにしている。シュークリームが好きです、甘いもの好きです。週に1、2回は甘いものとっちゃうかな」

母親・デーデー・千秋さん:

「電話もあるし、試合があればYouTubeで見れるし、私はそんなに寂しくない」

父親・デーデー・ピーターさん:

「1年以上、会ってない。寂しい、正直」

男子リレーは来月5日に予選が行われ、翌日に決勝。デーデー選手はアンカーになるのではという声もあります。

父親・デーデー・ピーターさん:

「メダル、できれば金、持ってきてほしい」

東海大学・デーデー・ブルーノ選手:

「やっぱり金メダルを目指してやりたい。自分の故郷でたくさん応援してくれる人たちもいると思うので、そういう人たちにも、もっとしっかり応援してもらえるように長野の誇りと思ってもらえるようにしっかり頑張っていきたい」

一方、女子5000メートルで五輪代表になった萩谷楓選手は長野県佐久市の出身の20歳。

中学時代から全国都道府県駅伝に出場。長野東高校時代には全国高校駅伝・準優勝に貢献しました。

萩谷選手は所属先を通じ、「与えていただいたチャンスを無駄にすることなく、自分らしい走りで世界と戦ってきたいと思います」とコメントしています。