情感にあふれた陰影のある歌を聴かせるマリア・マッキーの『永遠の罪』

『You Gotta Sin To Get Saved』(’93)/Maria McKee

不遇なローン・ジャスティス時代を経て、マリア・マッキーの才能が開花したアルバムと言えば2ndソロアルバム『永遠の罪(原題:You Gotta Sin To Get Saved)』(’93)をおいて他にないだろう。本作はオルタナティブなカントリーロックから脱皮し、素のマッキーが感じられる重みのあるルーツロック作品に仕上がっているのが特徴だ。アメリカーナ的な味付けと瑞々しいポップ感覚がバランス良く配合され、彼女のソウルフルで切ない歌声が十二分に生かされている。オリジナルのソングライティングにこだわらず、ヴァン・モリソンやキャロル・キングの渋い名曲を取り上げたことで、マッキーの歌唱力がより際立つことになった。絶頂期のジェイホークスのメンバーが参加していることもあって、彼女の全キャリアを通して本作を超えるものはない。

雑食音楽のライヴハウス、パロミノ

パロミノはハリウッドにある老舗のミュージッククラブ(1949〜1995。70年代中頃まではカントリー音楽が専門)で、70年代末になるとジャンルを問わず面白いアーティストなら出演を認めるようになった。カントリー系のアーティストがメインではあったが、ロス界隈では最も爆音で知られるパンクバンドのX、ネオロカビリーのブラスターズ(ダイアン・レイン主演の映画『ストリート・オブ・ファイアー』(’84)でライヴ演奏シーンがある)、チカーノロックのロス・ロボスやデル・フエゴス、カントリーシンガーで俳優のドワイト・ヨーカム(ジョディ・フォスター主演の映画『パニックルーム』(’02)で恐ろしい人物を演じていたあの人)や、アメリカーナ・シンガーのルシンダ・ウィリアムスやジム・ローダーデイル、俳優でシンガーのハリー・ディーン・スタントン(デビッド・リンチ監督やヴィム・ヴェンダース監督のお気に入り俳優)など、今では有名になったアーティストは数多い。

パロミノの出演者たちはパンクであろうがカントリーであろうがお互いに影響し合い、よく共演もしていた。そんなライヴの様子を見て、カントリーやロカビリーとパンクをミックスした女性グループのスクリーミング・サイレンズが誕生するなど、パロミノはカウパンクやパンカビリーといった音楽を生み出し、若者たちにも徐々にその名が知られるようになる。パロミノに影響されて、イーストL.Aの多くのライヴハウスでは、パンクロック、カントリー、ブルーグラス、ブルース、R&B;、フォークなどのアーティストが入り乱れる結果となり、これがもとになって後にオルタナカントリーやアメリカーナが生まれることになるのである。実際、ブラスターズのデイブ・アルヴィンはXのエクセン・サーベンカやジョン・ドゥと一緒にニッターズというオルタナカントリー(というよりはオルタナブルーグラスのほうが近い)のアルバムを作っているし、ニッターズやジョー・イーリー(ロッキン・カントリーシンガー)のライヴを観たクラッシュのジョー・ストラマーがカントリーに影響されるなど、当時のイーストL.Aでは早くから90年代に向けたオルタナティブで自由な空気が漂っていたようだ。

シド・グリフィン率いるロング・ライダーズ、ピーター・ケイスのいたプリムソウルズ、チャック・プロフェット加入後のグリーン・オン・レッド(いわゆるペイズリー・アンダーグラウンド)等のグループもパロミノで活動していたが、今回の主役であるマリア・マッキーが在籍したローン・ジャスティスやカーラ・オルスンのテクストーンズなどは、パロミノでは80年代型の新世代オルタナカントリーロッカーであった。

ローン・ジャスティス

1982年に結成されたローン・ジャスティスは、見た目は可憐なマッキーがソウルフルに歌い上げるという特徴的なスタイルで、パロミノでは人気バンドであった。メンバーは、ライアン・ヘッジコック(Gu)、マーヴィン・エツィオーニ(Ba)、ドン・ヘフィントン(Dr)そしてマッキーのボーカルという4人組で、ゲフィンレコードとの契約が決まった。デビューアルバム『ローン・ジャスティス』(’85)はトム・ペティ、リトル・スティーヴン(Eストリート・バンド)らのサポートもあって話題にはなったが、セールス面ではふるわなかった。オルタナカントリー的なそのサウンドは、当時はロックサイドからもカントリーサイドからも中途半端だと見られたのである。はっきり言って彼らのスタイルは90年代的であり、登場するにはまだ早すぎたのだ。それでもU2やトム・ペティのオープニングアクトを務めることで、ローリングストーン誌において85年度の最優秀女性シンガーに選ばれるなど、マッキーの認知度は急上昇することになる。

メンバーが大幅に入れ替えて臨んだ2ndアルバムの『シェルター』(’86)もたいした結果を残せずグループは87年に解散、歌唱力を買われたマッキーはソロシンガーとして再スタートを切ることになった。

ソロとしての活動

ローン・ジャスティス解散前から、パロミノ仲間のドワイト・ヨーカムに誘われてツアーやレコーディングに参加し、解散後の87年にはザ・バンドのロビー・ロバートソン初のソロアルバムに参加するという幸運に恵まれると、1989年には待望のソロアルバム『マリア・マッキー』をリリースする。プロデュースはミッチェル・フルーム、エンジニアにはチャド・ブレイクというロス・ロボスで名を上げた名コンビが担当し、バックにはリチャード・トンプソン、マーク・リーボウ、ジム・ケルトナー、ジェリー・シェフといった大物ミュージシャンたちが参加している。ソングライティングではマッキーが中心となり、ロビー・ロバートソンも作詞で1曲共作するなど、当時は大きな話題となった。また、ブルース・ブロディ(元パティ・スミス・グループ)は曲作り、アレンジ、キーボードなど八面六臂の活躍で、彼なしではこのアルバムは成立しなかっただろう。

このデビューソロ作はローン・ジャスティス時代とは違って、カントリー系の要素よりもアメリカンロック的な要素が強くなっており、ボーカルはもちろんソングライティングやアレンジ面もよく練られている。ソングライターとして、また実直なロックシンガーとして文句なしの仕上がりになった。アルバムジャケットのマッキーのポートレートはとても美しく、当時ジャケ買いした人も少なくなかった。

本作『永遠の罪』について

ソロデビュー作から4年が経過した93年、本作『永遠の罪』はリリースされた。プロデュースにはアメリカンレコードのジョージ・ドラクリアス。彼はジェイホークスの傑作『ハリウッド・タウンホール』(’92)のプロデュースも手掛けており、その縁でジェイホークスのメンバーふたり(マーク・オルソン、ゲイリー・ローリス)が本作のバックを務めることになった。前作の豪華絢爛なサウンドプロデュースとは打って変わって、手作り感のあるシンプルな音作りはマッキーのヴォーカルとの相性も良く、情感にあふれた熱いヴォーカルが全編にわたって聴ける。ところどころにジャニス・ジョプリンを思わせるような情熱的な歌い回しもあって、聴いている側も熱くなる。

また、バックはジェイホークスの他、ブルース・ブロディ(前作と同様)、黒人女性コーラス、スタックスでお馴染みのメンフィスホーンズ(泥臭さが最高!)、ジム・ケルトナー、ドン・ウォズ、ローン・ジャスティス時代の盟友2人(ドン・ヘフィントン、マーヴィン・エツィオーニ)、ベンモント・テンチ(ハートブレイカーズ)などのミュージシャンが参加している。

収録曲は全部で10曲。カントリーあり、サザンソウルあり、ロックあり、ポップスありとサウンドバリエーションに富んではいるが、全ての曲がマッキーのフィルターを通して解釈されているので、どのナンバーもバランス良く整然と並んでいる。フィリーソウル風の1曲目「アイム・ゴナ・スーズ・ユー」は絶品で、ストリングスをはじめ、バックの黒人女性コーラスもばっちり! また、これまで聴いたことのなかったマッキーのシャウトもすごいのひと言。ここから最後まで、息をつく間もなく彼女のヴォーカルに引き込まれてしまうのだ。印象的なのは、アルバム全編を彩るゲイリー・ローリスのギターワークで、決してうまくはないのだが、カントリーでもソウルでも彼ならではの歌心あるプレイがとても味わい深い。

僕自身、このアルバムを何回聴いたのか覚えてないぐらいたくさん聴いた。それなのに、飽きるどころかいつも新鮮な気持ちになるのだから不思議な作品だと思う。最後に、前作の美しさとは対照的な素のマッキーを捉えたジャケットのモノクロ写真は、デニス・ホッパーの手によるものである。

TEXT:河崎直人

アルバム『You Gotta Sin To Get Saved』

1993年発表作品

<収録曲>
1. アイム・ゴナ・スーズ・ユー/I'm Gonna Soothe You
2. マイ・ロンリー・サッド・アイズ/My Lonely Sad Eyes
3. マイ・ガールフッド・アマング・ジ・アウトローズ/My Girlhood Among the Outlaws
4. オンリー・ワンス/Only Once
5. アイ・フォーギブ・ユー/I Forgive You
6. アイ・キャント・メイク・イット・アローン/I Can't Make It Alone
7. プレシャス・タイム/Precious Time
8. ウェイ・ヤング・ラバーズ・ドゥ/The Way Young Lovers Do
9. ホワイ・ワズント・アイ・モア・グレイトフル/Why Wasn't I More Grateful (When Life Was Sweet)
10. 永遠の罪/You Gotta Sin to Get Saved

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