日本海沿いに富山と青森を結ぶ 羽越・奥羽新幹線とは? 地元による時間短縮効果などの試算まとまる【コラム】

現在のJR秋田駅には秋田新幹線E6系「こまち」が乗り入れます。この駅に羽越・奥羽新幹線が走る日は来るのでしょうか。(E6系イメージ写真: くまちゃん / PIXTA)

日本海側の北陸信越地方と東北を結ぶ新しい高速鉄道、それが羽越新幹線と奥羽新幹線です。羽越新幹線は富山―新青森間の486.1キロ、奥羽新幹線は福島―秋田間の265.6キロ。政府が1973年に基本計画を閣議決定したものの、その後約50年間にわたり目立った動きなしというのは、本コラムで取り上げた四国新幹線や山陰新幹線にも共通します。

羽越・奥羽新幹線を取り上げるチャンスを探していたところ、沿線自治体の「羽越・奥羽新幹線関係6県合同プロジェクトチーム(PT)」が2021年6月21日、時間短縮効果や、新幹線の建設費用と経済効果を比較した費用便益比について、初めての調査結果を公表しました。これまでの経緯や今回の調査結果から、2つの新幹線について考えてみましょう。

ポスト北海道、北陸、西九州新幹線に名乗り

2016年3月に北海道新幹線新青森―新函館北斗間が開業して、北海道から九州まで新幹線がつながったわけですが、本州内のルートは太平洋側にシフト。日本海側は北陸新幹線を除き、秋田・山形新幹線、第三セクターの智頭急行、JR伯備線をはじめ、太平洋側から在来線を高速化する形で幹線鉄道網が形成されています。

現在、整備新幹線は北海道、北陸、西九州の3路線を鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)が建設中(JR東海が事業主体のリニア中央新幹線を除きます)。スケジュール通りなら、2031年までに完成を迎えます。3新幹線に続き、どの新幹線を建設するかは未定で、塩漬け状態が続く四国、山陰の両新幹線とともに、羽越・奥羽新幹線の沿線自治体が今回、早期着工に名乗りを上げました。

新潟、秋田、山形を通る新幹線

羽越新幹線と奥羽新幹線のルートイメージ。2つの新幹線が走るのは山形県と秋田県です。(画像:羽越・奥羽新幹線関係6県合同PT)

最初にルートをみましょう。図で一目瞭然、羽越新幹線は日本海に沿って、富山からストレートに北上します。東北新幹線の枝線のように見える奥羽新幹線は、秋田駅で羽越新幹線に接続します。主な経由地は羽越が新潟(人口79万人)と秋田(30万人)、奥羽が山形(25万人)の県庁所在地が挙がっています。羽越では、新潟県村上(6万人)、山形県鶴岡(12万人)、同酒田(10万人)、秋田県能代(5万人)、青森県弘前(17万人)の各市などにも新幹線駅が開設されるようです。

羽越新幹線は富山―上越妙高間は北陸新幹線、長岡―新潟間は上越新幹線と線路を共用するので、路線長は486.1キロながら170.2キロが既設で、新しく建設するのは310キロ余。奥羽新幹線は既設区間は700メートル程度(始発の福島駅付近だと思います)で、ほぼ全区間を新しく建設します。

単線・土構造だと建設費を1兆円以上カットできる

本題のPT調査結果に移ります。PTメンバーは青森、秋田、山形、福島、新潟、富山の6県で、山形県みらい企画創造部が事務局を務めます。活動目標は「羽越・奥羽新幹線の早期実現に向け、関係6県が連携した取り組みを加速させ、政府などに対する要望・提案を説得力ある効果的なものにする」だそう。

PTによる調査期間は、2017~2021年度の5年間。①羽越・奥羽新幹線の費用便益比(費用対効果)算出、②整備手法の比較・研究、③羽越・奥羽新幹線を活用した地域ビジョン策定――の3項目を精査しました。新線の整備手法・費用は「複線・高架」、「単線・土構造路盤(盛土)・駅舎(既存駅の改良)」の2タイプで算出しました。

四国や山陰新幹線でも取り上げた単線新幹線が、羽越・奥羽にも登場しています。詳細は別表をご覧いただきたいと思いますが、当然ながら複線・高架の方が整備費用は高額で、羽越・奥羽新幹線の総額で5兆3500億円。単線・土構造だと4兆400億円~4兆2200億円で済みます。単線の方が1兆円以上経費節減できます。

「複線・高架」と「単線・土構造路盤(盛土)・駅舎」の整備手法による事業費の違い。羽越・奥羽新幹線と直接関係ありませんが、最近は盛土による鉄道整備手法も見直されています。(資料:羽越・奥羽新幹線関係6県合同PT)

時短効果と需要予測、採算が取れるラインは

羽越新幹線と奥羽新幹線の時間短縮効果。北陸から東北への移動で、関東を経由しないで済むのは心理的な時間短縮の効果も大きそうです。(資料:羽越・奥羽新幹線関係6県合同PT)

羽越新幹線による時間短縮効果は、富山―新青森間が現在の大宮乗り換え4時間28分から、直行の羽越新幹線なら3時間2分で到着でき、1時間26分の時間節約になります。遠回りや乗り換えの解消も含め、相応の整備効果が期待でます。

現在は新潟で上越新幹線から在来線特急に乗り継ぐ東京―鶴岡間は、現行3時間33分が直行新幹線なら2時間21分と、こちらも1時間超の時間短縮になります。奥羽新幹線利用の東京―秋田間や東京―山形間も、それぞれ1時間14分と46分の時間短縮です。

東京―山形間には現在もE3系「つばさ」が運行されています。今回は国の基本計画に基づく調査結果のため、奥羽新幹線は山形新幹線と別線としていますが、現実的には山形新幹線を延伸・高速化して奥羽新幹線とする可能性も高そうです。(写真:Seventh Heaven / PIXTA)

需要予測は、経済成長を高めに見込んだ2045年時点での推計で、福島―山形間が1日当たり3万2700人、山形―秋田間が同じく1万5000人などになりました。

これらを総合して、6県合同PTは両新幹線の費用便益比(B/C)を羽越新幹線で0.53~1.21、奥羽新幹線で0.50~1.13、羽越・奥羽新幹線合計で0.47~1.08と試算しました。費用便益比は、1以上なら採算が取れます。詳細は別表に譲りますが、建設費が安価で済む単線・土構造なら十分に〝元が取れる〟計算です。

羽越・奥羽新幹線の費用便益比。単線新幹線など整備手法を工夫することで、指数が「1」を上回り、いわゆる〝元が取れる〟結果になりました。(資料:羽越・奥羽新幹線関係6県合同PT)

地元はフル規格新幹線を要望?

調査結果は、「単線・土構造でもいいので、フル規格の新幹線を整備してほしい」と暗に主張しているようです。沿線というか両新幹線の地元自治体は今後、調査結果に基づいて政府に羽越・奥羽新幹線のフル規格での早期着工を陳情するはずです。

7月4日掲載の交通政策基本計画のコラムでも触れましたが、各府省庁はこれからの夏休み、年間の最大行事(?)といえる2022年度政府予算案の編成作業を迎えます。早期着工を目指す四国、山陰、羽越・奥羽の各整備新幹線の地元自治体は、新規着工を認めてもらおうと火花を散らすことになるかも……いやいや、各新幹線の着工はまだかなり先、火花を散らすのは早過ぎますね。

PT調査3番目の羽越・奥羽新幹線を活用した地域ビジョンに触れるスペースがなくなりましたが、関係6県は観光、産業・経済、暮らし・生活、都市機能・防災の各分野で、高速鉄道を活用した地域振興に取り組みます。

一時期地元で盛り上がった中速新幹線

ここから話題を変えて、2019年に羽越新幹線の一部沿線で盛り上がった「中速新幹線」について触れたいと思います。

本稿で取り上げたように、整備新幹線は〝順番待ち〟が半世紀も続いていて、この先も簡単に着工できそうな見通しは全くないわけです。それなら、「新幹線ほど早くなくてもいいので、時速160~200キロで走る、新幹線と在来線の間のような鉄道を早く造ってほしい」というのが発想の原点。新幹線ほど高速でないので、「中速新幹線」と通称します。

欧州などには実際、200キロ程度で走る特急列車があり、日本でも導入を目指して2019年には山形県酒田市で「鉄道高速化講演会」が開かれたりしました。資料をみると、上越妙高―秋田間(上越新幹線区間を除く)を中速新幹線規格にすることで、建設費をフル規格の5分の1程度に抑制。具体的にはフル規格の建設費は1キロ当たり100億円とも試算されますが、中速新幹線なら20億円程度に抑えられるそうです。

車両に関しても、車両と車両の間に台車を置く、小田急ロマンスカーなどと同じ連接構造として、自動運転を採用するなど斬新なシステムの採用が提起されました。

中速新幹線を発案したのは、工学院大学の曽根悟特任教授やJR東日本出身で交通コンサルタント企業・ライトレールの阿部等社長です。発想自体は非常に良かったと思うのですが結局、今回の調査結果には反映されませんでした。

最後に余談というか雑談……

整備新幹線の着工順位は、そう簡単には決まりません。国に向けて熱心に着工を働き掛けるのは、何といっても地元選出の国会議員。そういえば、今秋には総選挙がありますよね。これ以上言及はしませんが、選挙戦では、例えば「新幹線を早期に建設します」vs「新幹線より福祉充実を」などの主張が沿線を中心に交錯したりするはずです。

文:上里夏生

※2021年7月13日14時20分……九州新幹線西九州ルートに関しまして、一部記述内容が誤解を招くものであったため、当該部分を削除いたしました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。(鉄道チャンネル編集部)

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