【海外ライターのF1コラム】故カルロス・ロイテマンを偲ぶ。エクレストンを唸らせた無冠のスター

 長年F1を取材しているベテランジャーナリストのルイス・バスコンセロス氏が、7月7日に死去した元F1ドライバー、カルロス・ロイテマンを追悼、バーニー・エクレストンに「スター」と表された、その稀有な才能について振り返った。

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 元F1ドライバー、カルロス・ロイテマンがこの数カ月、重篤な状態であることは知っていたため、グランプリ関係者にはある程度の覚悟はできていた。それでも彼の訃報を愛娘のコーラから受け取った時には、誰もが深い悲しみに沈んだ。

 ブラバム、フェラーリ、ロータス、ウイリアムズで活躍したロイテマンは、F1世界チャンピオンになることはできなかったが、1981年にはその夢の実現にあと一歩のところまで近づいていた。ネルソン・ピケに1ポイント差をつけて、ポイントリーダーとしてラスベガス戦に臨んだのだ。

 しかし、ロイテマンはポールポジションからスタートしながら、ポイント圏外でレースを終えた。ライバルのピケが5位でフィニッシュしたため、ロイテマンはタイトルを取り逃す結果となった。なぜこのような敗北を喫したのか、その後、明快な説明がなされることはなかったが、ロイテマンの自信のない性格が災いしたのではないかと考えられる。

 7月のイギリスGPを前に、ロイテマンはある程度の点差を築いて選手権をリードしていた。高名なイギリス人ジャーナリスト、アラン・ヘイリーと、その年のチャンピオンについて賭けをするという流れになった時、ロイテマンはなんと、自分はタイトル争いで負けると予想した。ラスベガスでピケがすぐ後ろまで来た時、ロイテマンはポジションを激しく防御することなく、早めにブレーキを踏んで、ピケを前に出し、チャンピオンシップは自身の予想どおりの結果となった。

1981年カルロス・ロイテマン(ウイリアムズ)

 人の特徴を端的に表現するのが得意なエンツォ・フェラーリはロイテマンを「悩み、苦しむ男」と表し、「嘆きのガウチョ」とも呼ばれた。だが、そのロイテマンが大きな才能の持ち主だったことを疑う者はいない。

 70年代、80年代にF1を見ていて、ジル・ビルヌーブと同等のマシンで互角に渡り合える男が、ベストのマシンに乗りながら、時に中団に埋もれてしまうのはなぜなのか、私は不思議に思っていた。

 バーニー・エクレストンはかつて私にこう言った。
「絶好調の時には誰もカルロスに触れることはできなかった。他のすべてのドライバーよりずば抜けて優れていたのだ」

 そしてバーニーは、いつものようにユーモアを交えてこう付け加えた。
「残念だったのは、(圧倒的に強い時の)その精神状態に自分を持っていく秘訣を、彼自身が知らなかったことだ。そのために、年に何回かしかそういう強さを見せることがなく、シーズンを通して圧倒的に強いということがなかった」

■ビルヌーブを感嘆させた予選ラップ

 彼が強烈な強さを示した時の話をしたい。1981年のイタリアGPの予選でのことだ。その数戦はターボエンジンを搭載したルノー勢が毎戦のように最前列に並んでいたが、ロイテマンはコスワースエンジンを搭載したウイリアムズでルネ・アルヌーとアラン・プロストの間に割って入った。チームメイトであり世界チャンピオンでもあるアラン・ジョーンズよりも1.2秒も速いラップタイムでだ。

 事実上6つのコーナーしかないサーキットで1.2秒差だ。これにはビルヌーブも驚き、「あれは今年一番のラップだ」と周囲に語ったほどだった。

カルロス・ロイテマン

 私が実際にグランプリの週末にロイテマンの走りを見ることができたのは、一度だけだった。それは1995年4月のアルゼンチンGPで行われたデモ走行だったのだが、その時の彼の走りは非常に印象的だった。

 この年、F1カレンダーに14年ぶりにアルゼンチンGPが戻ってきて、それを記念してロイテマンがブエノスアイレスにあるオスカル・ガルベス・サーキットで1994年型フェラーリ421T1に乗って走った。

 ロイテマンがフェラーリに飛び乗った時には路面がウエットから乾きつつある状態で、完璧なコンディションではなかった。彼のマシンには新世代のF1マシンよりも大きなエンジンが搭載されており、彼はあと数日で53歳の誕生日という年齢で、しかも12年以上もF1マシンを運転していなかった。そのため、彼に期待されていたのは、5周走行して観客に手を振り、マシンを無傷で持ち帰ることだけだった。

 だが、その日の彼の走りは、我々の視覚、聴覚、すべての感覚に訴えかけるものだった。ロイテマンは、燃料切れでエンジンが停止するまで、13周も走り続け、一度のミスもなく、ラップタイムを更新し続け、最終的には直前に終了したばかりのFP1で11番手に当たるタイムを記録したのだ。

 エクレストンも、ピットウォールで我々と共に、彼のチームにかつて所属したドライバーがトリッキーな最終コーナーを抜けて次のラップに入るところを食い入るように見ていた。

「しばらく走っていなかったとは思えないな」とエクレストンは言った。
「あのころと同じ、正確で優しいスロットルタッチ、冷静で淡々としたステアリングタッチだ。ロックアップもドラマもなく、すべてがシームレスだ。驚くべきことではないか。彼こそまさにスターだ」。今日のF1を作り上げた男は、そうロイテマンを称賛した。

 そのとおり、彼こそまさにスターだ。彼の走り、彼のレースを見ることができた我々は幸運だと心から思う。我々の心のなかで、彼は永遠にスターとしての輝きを放ち続けるだろう。

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