「人工知能VS人類」ガチンコ勝負の行方は? 囲碁、マージャン、将棋の世界

アルファ碁との対戦後に碁盤を見つめるイ・セドル九段=2016年3月、ソウル(AP=共同)

 人間の頭脳と頭脳がぶつかり合う勝負事の場で、人工知能(AI)が人間をしのぐ活躍を見せている。囲碁では世界チャンピオンを完膚なきまでにやっつけ、マージャンではわずか0・1秒で次の一手を繰り出す。2045年にはAIが人類の知能を超えるシンギュラリティー(技術的特異点)を迎えるという説もあるが、将棋の藤井聡太はAIにどう立ち向かうのか。そして勝ち残るのはAIか人類か。(共同通信=沢野林太郎)

 ▽人類敗北(囲碁)

 世界トップ棋士は無言で投了すると、首をかしげ軽くため息をついた。16年3月、AI搭載の囲碁ソフト「アルファ碁」が人類を破った瞬間、韓国のイ・セドル九段はこわばった表情で、じっと碁盤を見つめた。

 対局前は「人間の直感力」に自信をのぞかせていたイ・九段。敗北後、AIの「感情を排した碁」の恐ろしさを率直に認めた。「第一人者になっても結局は勝てない存在がいる」。3年後、イ・九段はAIの台頭を理由に引退を決めた。

囲碁ソフト「アルファ碁」と対局する韓国のイ・セドル九段(右)=2016年3月、ソウル(グーグル提供・共同)

 囲碁は縦19、横19、計361の交点に石を配置していき、陣地の広さを競う。展開パターンが多く、AIソフトが人間を上回るのが最も困難なボードゲームとされていた。

 実際、アルファ碁より以前のソフトはプロ棋士に及ばず、進歩は停滞していた。チェスや将棋では既に人間に勝利するソフトが台頭していたが、囲碁は人間優位という「神話」が存在していた。

 しかし、神話はあっさりと崩れ去る。アルファ碁はコンピューターが自らデータの特徴を認識する「ディープラーニング(深層学習)」により飛躍的に進化を遂げた。開発したのは米グーグル傘下の企業だ。17年5月には世界最強とされる中国人棋士、柯潔九段を3局全勝と圧倒。「アルファ碁は完璧」。中国メディアによると、柯九段は対局中に席を離れ、むせび泣いたという。

 一方、対局でソフトを不正使用する深刻な問題も懸念されている。国内のプロ公式戦では対局中の電子機器の使用を禁止した。新型コロナウイルスの影響で、最近の国際棋戦はインターネット対局で行われるが、監視カメラの設置など対策が取られている。

 ▽0・1秒(マージャン)

 「危険度86%」。AIが示した確率は対戦相手の上がり牌(はい)を正確に読み切っていた。そこから最善の手を選ぶのにかかる時間はわずか0・1秒未満。19年9月、インターネット番組でプロのマージャン選手と対戦したAI「NAGA(ナーガ)」の打ち筋に関係者は目を見張った。

マージャンAIがプロリーグの選手らと対戦する画面。赤い線が長いほど危険度が大きく、相手の当たり牌を読み切っている(インターネットテレビ局「ABEMA」の番組より)

 4人で卓を囲み、プレーヤーの性格や運に大きく左右されるマージャン。不確定要素が多く、囲碁や将棋と比べてAIの開発が難しいとされてきた。だが近年、トップ選手と互角に戦えるレベルに急成長した。強さの秘訣(ひけつ)はオンラインゲームで繰り広げられる人間の対戦記録から1億通りの局面を学習させたことだ。次に捨てる牌の「推奨度」と「危険度」を分析してパーセンテージを算出。都度、最適な選択を繰り返していく仕組みという。その根拠となるのがオンラインマージャン対戦ゲーム「天鳳(てんほう)」で上位プレーヤーが選んだ膨大な打ち筋のデータだ。

 “AI雀士”の世界では、マイクロソフトの「Suphx」や東大発の「爆打(ばくうち)」なども折り紙付きの実力を持つ。いずれも天鳳が公開する記録から学習し、オンライン上で人間と対戦を重ね、成長してきた。

 本来、マージャンは顔を合わせて表情を見ながら駆け引きするゲーム。オンライン対戦では顔が見えない分、淡々と勝負が進む。上がり役の点数も低くなり、AIもその傾向を受け継ぐ。一般人の対戦記録という集合知を基に強くなったAI。今度はその強さを多くの人に役立てる時代にきている。

 ▽28手先(将棋)

 18年6月5日の竜王戦ランキング戦5組決勝。石田直裕五段と対局した当時15歳だった藤井聡太二冠は、最強の駒「飛車」で最弱の駒「歩」を取った。次の手で相手の「金」で飛車を取られるのは分かりきっていた。なぜその手を指したか。藤井二冠が放った一手は、AIが指すことができない「AI超え」として語られている。

2018年6月5日、竜王戦ランキング戦5組決勝で石田直裕五段を破って優勝し、決勝トーナメント進出を決めた藤井聡太七段(当時)=大阪市の関西将棋会館

 現在の将棋界はAIなしでは語れない。多くのプロ棋士がAIを搭載した将棋ソフトで研究を重ねる。「AI時代の申し子」千田翔太七段もその1人だ。

 千田七段は人間との対局はメリットがないと言い切る。人間は考える時間があるため効率が悪い。ソフトは次の一手が有利なのか不利なのかを数値で示す。自分の手と比較し、AIが提示する最良の一手を日々学習し、腕を磨いてきた。

 人間は「こっちの方が良さそう」「これは怖くて指せない」という感覚が決め手になることが多い。AIは「王将」が安全だと数値で分かるため、ためらいがない。

 ただAIソフトにも弱点はある。開発した杉村達也弁護士は「AIはその瞬間の最良の一手を選ぶが先まで読む精度は人間より甘く、答えを変更することがある。AIも間違う」と話す。

 藤井二冠の「AI超え」の一手を千田七段が解説する。相手にあえて駒を取らせる「捨駒」という手は「次の瞬間損をするので人間でも選択しないが、AIならなおさら優先度は低いはずだ」

 20年6月28日の棋聖戦5番勝負第2局。藤井二冠が指した手はまたAIの予測とは違った。最強将棋ソフト「水匠(すいしょう)」で27手先まで予測しても、その手は上位5番以内に入らない。しかし28手先まで予測すると最良の一手となったのだ。将棋ソフトが検討したパターンは6億手にも上る。

2020年6月、棋聖戦5番勝負第2局で初手を指す藤井聡太七段(当時)=東京都渋谷区の将棋会館(日本将棋連盟提供)

 将棋界では既にAIが人間を超越し、もはや勝負する相手ではなく、ともに成長する存在になった。藤井二冠は記者会見でこう述べている。「将棋ソフトと対決の時代を超えて共存という時代に入ったのかなと思います。活用することで自分自身成長できる可能性があると思っています」

 ▽人類が負けたわけではない

 人工知能学会の会長で北海道大大学院情報科学研究院の野田五十樹教授は、勝負の世界における人類とAIの対決について「囲碁や将棋で確かにAIは人間より強くなった。しかし、それは決められたルールの中の戦いだからだ」と分析。「AIは膨大なデータから特徴や傾向をつかみ予測する能力は高い。しかし、AIはコピーはできるが新しい創造はできない」とみる。

インタビューに答える人工知能学会の野田五十樹会長

 人類とAIの将来については「人間の仕事の多くがAIに奪われるとの脅威論もある。計算機が発明されてそろばんの代用となった。車が発明されて馬車の代わりとなった。しかし人類が負けたわけではない。AIは人類の発明の一つで、AIの提案は選択肢の一つにすぎない」と語った。(取材=金井洋龍、長尾一史、平川翔)

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