未成年の中絶手術の前に立ちはだかる高い壁……『17歳の瞳に映る世界』 新鋭女性監督によるベルリン&サンダンス受賞の注目作

『17歳の瞳に映る世界』ⓒ2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.

大注目! エリザ・ヒットマン監督最新作

『17歳の瞳に映る世界』――『Never Rarely Sometimes Always』(まったく無い、まれに、ときどき、常に)という、それだけではどんな話かわからない謎めいた原題から一転、未成年の主人公の存在を前に出した邦題だ。大人がつい忘れてしまう、いろいろな意味で不自由な10代の時間を精緻に描き出した映画だから、なるほどそう来たか、と思う。ただし、「瞳に映る」ではなんだか綺麗すぎて、この内容からするとちょっとぬるいような気がしてしまうのも事実である。

『17歳の瞳に映る世界』ⓒ2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved. Sidney Flanigan stars as Autumn in NEVER RARELY SOMETIMES ALWAYS, a Focus Features release. Credit: Courtesy of Focus Features

なぜなら、これは望まない妊娠という命にかかわるトラブルに見舞われた少女が、親には内緒で中絶を試みる旅の物語だから。この大ピンチからの脱出は、たとえ成功しても肉体的・経済的なダメージを負い、マイナスがゼロに近づくだけでプラスにはならない気の滅入るミッションである。ほっとする瞬間も無くはないけれど、緊張感の張り詰めたヒリヒリする映画だ。主人公は世界を見つめる静かな傍観者ではいられない。瞳に映る世界は、容赦なく彼女の身体に介入してくる。

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望まない妊娠、中絶手術への険しい道のり

オータム(シドニー・フラニガン)は、母(シャロン・ヴァン・エッテン)とその再婚相手(ライアン・エッゴールド)、妹たちとアメリカ東海岸のペンシルベニア州で暮らす高校生。無口で笑顔を振りまかない彼女にとって、親しい友達といえるのは一緒にスーパーのレジ打ちのアルバイトをしている従姉妹のスカイラー(タリア・ライダー)ぐらいだ。

『17歳の瞳に映る世界』ⓒ2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved. Talia Ryder stars as Skylar in NEVER RARELY SOMETIMES ALWAYS, a Focus Features release. Credit: Courtesy of Focus Features

身体の不調に気づいて近所の危機妊娠センターに向かい、検査を受けて妊娠を告げられたオータムは、迷わず中絶を希望する。しかし、ここは中絶反対団体が運営する施設であり、担当者はあの手この手で出産を勧め、中絶を諦めさせようとするのだった。さらに、ペンシルベニア州では未成年者は両親の同意がないと中絶手術を受けることができないことがわかり、オータムは窮地に立たされる。

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家族に助けを求めることができないオータムが、唯一、秘密を共有できる存在がスカイラーだ。ニューヨーク州ならば中絶手術を受ける道があると調べたふたりは、わずかな現金を手にバスで旅立つ。この映画では、オータムのお腹の子の父親が誰なのか、彼女がどんな経緯で妊娠に至ったのかは明示されない。はっきりしているのは、オータムにとってこれが望んでいない妊娠だということだ。

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次々と訪れる不快な局面、それでも前に進む少女たち

性と生殖に関する健康と権利は、2021年現在にも十分に保障されているとは言えないし、さらに後退してしまいかねない厳しい状況にある。とりわけ未成年の女性は傷つけられやすい立場にあり、その健康と安全はすぐに危険に晒されてしまう。映画はオータムが中絶手術を受けるために踏まねばならない手続きを淡々と描くことで、それを観る者に突きつけてくる。

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妊娠中絶にまつわる手続きの他にも、オータムとスカイラーは次々と訪れる不快な局面をくぐり抜けねばならない。とはいえ、この映画は大げさに不幸を嘆いてドラマを盛り上げはしないし、ずっと陰鬱で辛気くさいわけでもない。確かに彼女たちは逆境にあるけれど、その時できることを探して行動し、前に進んでいるのだから。オータムのために思い切った行動を取るスカイラーも、ニューヨークでようやく出会うことになる信用に足るカウンセラーも、ヒーローに見えてくる瞬間がある。

エレーヌ・ルヴァール(『アニエスの浜辺』[2008年]『ブルックリンの片隅で』[2017年]『幸福なラザロ』[2018年]ほか)が撮影するニューヨークの夜は、寂しさと優しさが混ざり合った大都会らしい雰囲気で美しいし、シンガーソングライターとしても優れた作品を発表してきたジュリア・ホルターによる音楽もいい。

本作でなかなか笑顔を見せないヒロインを演じ、歌声も披露しているシドニー・フラニガンは、現在の10代にとって、80年代後半から90年代前半にかけて青春を送った世代にとってのウィノナ・ライダー、もしくはシャルロット・ゲンズブールみたいな特別な存在になるかもしれない。不機嫌顔をした映画の中の少女は、私たちが日常的に目にする広告やテレビが、いかにニコニコした感じのいい女性の姿だらけなのかに気づかせてくれる。

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ヒロインに寄り添う親友役のタリア・ライダーは、2021年公開予定のスティーヴン・スピルバーグ監督『ウエスト・サイド・ストーリー』にも出演しているという。「夢の美少女」にだってなれそうな整った顔立ちだけれど、ここではちゃんと「全然キラキラしてない場所で見かけるかわいい子」に撮られている。

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日本の場合、アメリカのようにキリスト教原理主義者の中絶反対派がクリニックの前で派手に騒ぎ立てるような事態にこそなっていないものの、性と生殖に関する健康と権利が危ういのは同じだ。経口避妊薬の入手にはお金と手間がかかり、古い刑法(堕胎罪)が未だに廃止されておらず、中絶は薬品または吸引法ではなく掻爬法の手術でおこなわれ、配偶者の同意書の提出が求められる(場合によっては不要だが、それを理解しない医療関係者のせいで中絶の機会を失ってしまう女性があとを絶たない)。避妊なしのセックスや不慮の妊娠を面白がるような描写を含んだポルノも相変わらず人気のようで、いくら「ファンタジーだから」と言われても怖い。

そもそも安定して十分な賃金を得られる職に就くのは男性より女性のほうが難しいというのに、厚生労働省の調査によれば、離婚した父親から養育費を受け取っている母子家庭はわずか2割程度だという(未婚のシングルマザーはさらに苦しい立場に追いやられてしまいがちだろう)。自分は絶対に妊娠しないからって調子に乗りやがってふざけんなよ、と思う。女性が抱えている妊娠・出産のリスクに思いが及ばない男性にこそこういう映画を観て学んでほしいけれど、観たほうがいい人間ほど観ないのだろうな……と憂鬱な気持ちになりもする。しかし、世の中は少しずつ確実に変わってきた。

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監督・脚本のエリザ・ヒットマンは、本作が長編映画3作目、日本劇場初公開となるニューヨーク州出身の俊英。前作『ブルックリンの片隅で』はNetflixで配信され(※2021年5月に配信終了)、1作目『愛のように感じた』(2013年)も2021年8月14日(土)より日本で公開される予定だ。プロデューサーにも、バリー・ジェンキンス監督らと組んで好きな作品を世に送り出してきた女性たちが名を連ねている。

自分が若かった頃を振り返ってみると、たとえばウィノナ・ライダーは1986年に『ルーカスの初恋メモリー』でスクリーンデビューを飾って以来、すぐに売れっ子になって映画に出まくっていたけれど、女性監督作品への出演は1994年の『若草物語』(ジリアン・アームストロング監督)まで無かったのだ。シャルロット・ゲンズブールはデビュー間もなくアニエス・ヴァルダ監督の『カンフー・マスター!』(1987年)に出たけれど、主演で女性監督と組んだのは1996年の『ラブetc.』(マリオン・ヴェルヌー監督)が初だったのではないか。

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そんな歴史を踏まえると、10代の少女が経験する困難と友情を女性たちが描いたこの映画が国際的に高い評価を得ていることは、希望に感じられてくる。いま身勝手な大人たちに翻弄されて不安な日々を過ごしている若い世代にとって、この映画のふたりが心を励ましてくれる大切な存在になればいいと思う。もちろん、わざわざこんな話をしないで済んだら、いちばん良かったのだけれど。

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文:野中モモ

『17歳の瞳に映る世界』TOHOシネマズ シャンテほか7月16日全国公開

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