その土地その土地ごとに、おいしい食材があるものです。
たとえば笠岡干拓のいちご、笠岡諸島 白石島の桑の実、福山市田尻町のあんずなど。
地域の風土に合わせてつくられてきた食材は、とってもおいしい。
そんな地域食材がもつ本来の味を引き出しながら、焼き菓子をつくって販売しているのがpasión(パシオン)です。
売り場には井笠・備後地域の食材を使ったパウンドケーキやスコーンがずらりと並び、まるで博物館のよう。
pasiónは店舗がありません。マルシェや委託販売などで出会えます。
目と舌と心で楽しめる、色とりどりのpasiónの焼き菓子。
その魅力と作り手・山脇 節史(やまわき よしふみ)さんについて紹介します。
食材のストーリーもまるごと伝える焼き菓子屋「pasión」
倉敷市阿知で毎週土曜日に開催されているマルシェ「倉敷路地市庭」へ。
2021年6月26日(土)はpasiónも出店。店先には、11種類のパウンドケーキと11種類のスコーン、カラフルなシロップも並んでいました。
商品以外に目を引くのが、地域の食材を紹介するポップやパッケージ。
笠岡諸島 六島の完熟れもんには、
完熟れもん
六島には、大事に育てられた一本のれもんの木があります。完熟だからそのままかじっても甘酸っぱくておいしい!
また笠岡干拓の完熟紅ほっぺには、
完熟紅ほっぺ
笠岡干拓では、温暖な気候と長い日照時間が、とても甘酸っぱく味の濃いいちごを育みます
それぞれの食材のストーリーが添えられているのです。
お客さんが前を通り興味深そうな目を向けると、「変わった食材でパウンドケーキなんかをつくってますよ。見ていってくださいね」と山脇さん。
商品はすべて、福山市の工房で山脇さんが手づくりしたもの。
店舗をもたないpasiónは、マルシェでの販売がメイン。週末に開催されることが多いマルシェに向け、金曜日に山脇さんがひとりですべての焼き菓子をつくるのだとか。
また、食材の収穫には山脇さんが赴くことがほとんど。
「桑の実は先月、白石島まで収穫に行きました。毎年、島民のかたの手作業によってキレイに洗浄、選別されていきます。味が抜けないように素早く実を潰さずやるのが難しいんですよ」
こんなふうに山脇さんは食材にまつわる物語を伝えながら、生産者とお客さんをつないでいきます。
地域の食材を使って手づくり 色とりどりのおいしいもの
pasiónのおもな商品である、パウンドケーキ、スコーン、シロップ・しろっぷサイダーを紹介しましょう。
商品は季節や収穫状況などにより変わってきます。紹介するのは2021年6月26日(土)の倉敷路地市庭に出店時のものです。
pasiónのパウンドケーキ
pasiónのパウンドケーキには、以下のような種類がありました。
- 矢掛 山ノ上 干し柿
- 笠岡諸島 白石島 桑の実
- 笠岡諸島 高島 完熟金柑
- 笠岡諸島 六島 完熟れもん
- 笠岡諸島 飛島 完熟甘夏
- 笠岡干拓 完熟紅ほっぺ
- 井原 大江 スパイシーターメリック
- 高梁松原&井原大江 いちばん茶&備中だるまささげ
- 井原 芳井 明治 チョコごんぼう
- 浅口 鴨方 めぐみの夢卵
- 福山 田尻 完熟 あんず
パウンドケーキの価格はマルシェではひとつ200円(税込)。5個購入で100円割引となり、900円(税込)になります。
マルシェ以外は一つ220円(税込)。5個購入での割引はなし。
また、10個購入すると専用ギフトボックスに入れてもらうことも可能。
pasiónのお菓子は人工甘味料、香料、保存料、着色料は使用せず、素材そのままの味と見た目を楽しめます。
パウンドケーキの原材料は、メインとなる食材以外に以下のものを使用。
- 浅口産卵
- よつばバター
- 国産小麦粉
- 国産きび砂糖
- 甜菜(てんさい)グラニュー糖
「笠岡諸島 六島 完熟れもん」と「笠岡諸島 飛島 完熟甘夏」を食べくらべてみました。
レモンと聞くと酸っぱくて少し苦みがあるイメージでしたが、「笠岡諸島 六島 完熟れもん」は甘くて苦みはほぼ感じません。味が濃くて食べながら香りを存分に楽しめます。
「笠岡諸島 飛島 完熟甘夏」はすっきりした甘み。食べくらべると、同じ柑橘系のパウンドケーキでも香りがまったく違い、おもしろかったです。
どちらの食材もしっとりとしたパウンドケーキと相性抜群。
▼濃い紫色が特徴の「笠岡諸島 白石島 桑の実」。
ベリーの香りがふんわり。プチプチとした種の触感が楽しいパウンドケーキです。
桑の実はもっと甘酸っぱいと想像していたのですが、酸っぱさはさほどなく上品な甘さです。
「桑の実ってこんな味なんだ!」と驚きました。
▼「笠岡干拓 完熟紅ほっぺ」は真っ赤ないちごの果肉がごろごろ。見た目にもおいしそう。
食べてみると甘酸っぱくて味が濃く、やっぱりおいしかったです。
いちごのきれいな赤色を出すのがpasiónのこだわり。
生で食べるいちごは水分が多いものが好まれますが、加工には水分が少ない、蜂がうまく受粉させずにごつごつした形になってしまったものが向いています。水分が多すぎるいちごだと、加工すると黒くなりやすいそう。
山脇さんは収穫の際にあえて水分が少ない、ごつごつした形のいちごを選んでいるのです。
pasiónのスコーン
pasiónのスコーンには、以下のような種類がありました。
- 笠岡諸島 白石島 桑の実
- 笠岡諸島 飛島 完熟甘夏
- 笠岡干拓 完熟紅ほっぺ
- 福山 熊野 すだち
- 福山 山野 やまのっ粉
- 福山 山野 やまのっ粉 全粒粉
- 福山 ジンジャーダイヤモンド スパイシーしょうが
- 井原 芳井 明治 チョコごんぼう
- 高梁 松原 炙りZERO番茶
- 高梁 松原&井原 大江 いちばん茶&備中だるまささげ
- 矢掛 美川 バターナッツ
スコーンの価格はマルシェではひとつ150円(税込)。5個購入で50円割引となり、700円(税込)になります。
四角いスコーン。生地自体は甘すぎず、素材の味を生かすのがこだわりです。
見た目が似ているものが多いですが、香りや味が違います。
「福山 熊野 すだち」はさわやかな香りが特徴。酸味がほんのりと甘い生地にマッチしています。
「福山 ジンジャーダイヤモンド スパイシーしょうが」は、さわやかな苦みとスパイシーさが特徴。
ジンジャーシロップなどを製造・販売する「ジンジャーダイヤモンド」が煮出したあとのしょうがを使った、コラボレーション商品です。
「笠岡諸島 白石島 桑の実」はスコーンでも色あいとプチプチ食感が楽しめました。
pasiónの焼き菓子には、しっとり感を出すために九州産の小麦粉を使っていますが、プレーンとして出している「福山 山野 やまのっ粉」では福山市山野でつくられた小麦粉を使用しています。
「耕作放棄地を何とかできないか」、「地域の集まりで楽しみたい」という思いから地域で栽培がスタートした小麦粉です。
小麦の香りがストレートに感じられ、ほかのスコーンよりもほろほろとした食感が楽しめました。
夏にぴったり! シロップとしろっぷサイダー
家でつくるかき氷やサイダー、あたたかい飲み物などにぴったりのシロップもあります。
- 完熟紅ほっぺ(笠岡干拓 岡田農園)
- 柑橘MIX(笠岡諸島の甘夏・れもん・オレンジをブレンド)
- マルベリー(笠岡諸島 白石島の桑の実)
- ヘイワードキウイ(福山 しもみん農場)
- マスカット ベリーA(井原 青野 こもれびファーム)
価格は1本1,000円(税込)~。地域素材と甜菜糖だけでつくるシロップです。
夏季のマルシェではシロップを炭酸水で割った「しろっぷサイダー」(税込400円)も。
取材時は福山市田尻町の完熟あんずを使ったしろっぷサイダーがありました。夏のみの期間限定となる可能性が高いとのこと。
飲んでみると、甘酸っぱさがたまらない、夏にぴったりの味でした。
このように、山脇さんと食材との新たな出会いから、期間限定の商品が並んでいるのもpasiónの魅力です。
食材のストーリーまで伝わる、色とりどりの商品。
バラエティ豊かさに驚かされるとともに、そんな楽しい食材にあふれた地域で暮らしていることに気づきうれしくなります。
pasiónの焼き菓子はどのようにして誕生したのでしょう。山脇 節史(やまわき よしふみ)さんにお話を聞きました。
pasión(パシオン)山脇 節史(やまわき よしふみ)さんにインタビュー
井笠・備後地域の食材を使って焼き菓子やシロップをつくる、pasión(パシオン)の山脇 節史(やまわき よしふみ)さんにお話を聞きました。
お菓子づくりの入口はまちづくり
山脇さんはpasiónを始める前はどんなことをしていたのですか
山脇(敬称略)──
2017年春にpasiónを始めるまで、さまざまな仕事で全国を転々としていました。
地元の福山で幼稚園の先生をしたり、東京でバスの運転手をしたり、山口などいろいろなお菓子屋さんでパティシエとして働いたり。
日本中をうろうろ放浪しつつ、季節労働で各地の特産品の栽培を体験してまわったり。
海外の文化やライフスタイルに触れようと、ふらっとスペインに行っていたこともあります。
スペインは日本人とまったく違うライフスタイルを確立している国だと思いました。
8時30分オープンのお店でも、9時オープンでOKというおおらかな空気があったり、みんなが楽しそうに仕事をしているのが印象的でした。
「生活を楽しんだり、豊かにするために仕事ってないといけんなぁ」と思いました。
pasiónはスペイン語で情熱、英語でいえばパッションという意味なんですよ。
pasiónを始めるきっかけはあったのですか
山脇──
全国や海外へ放浪する日々でしたが、母が脳出血で倒れたのをきっかけに、福山に戻って介護福祉士の仕事をしていました。
地元で自分の経験を活かせないかという気持ちから、2013年に「いかさ田舎カレッジ」という井笠広域観光協会が主催する、地域プレイヤー養成講座に参加したんです。
1年間の講座終了後は事務局として携わり、まちづくりや地域おこしについて学びました。
井笠地域を盛り上げたい仲間や、まちづくり分野の講師のかたと交流を深めるようになって。自分の発想でおもしろいことに取り組むかたが多く、影響を受けました。
そんななか、パティシエをやっていた経験から、笠岡干拓のいちごを使ったケーキづくりの依頼があったんです。
いちご農園では、スーパーマーケットの店頭に並ぶようなジューシーで見た目がきれいないちごだけではなく、生で販売できないごつごつしたいちごができてしまうことが悩みとなっていました。
そういういちごを減らすのではなく、有効活用できないか、おいしく食べられるようにできないかという相談でした。
ごつごつしたいちごは水分が少なく、実は加工に向いているので、おいしいケーキが完成。これが井笠地域の食材を使った最初の焼き菓子です。
まちづくりや地域おこしに関心が向くなか、2015年10月から1年間、井原市芳井町で地域おこし協力隊を経験しました。
芳井町といえば「明治ごんぼう」。標高約400メートルの高原にある細かい粘土質の赤土畑で育つ、いい香りとやわらかな食感が特徴のごぼうです。
地域おこし協力隊になると、それまで以上にリアルな生産の現場を見ることになりました。
高齢化の問題、事業継承など、数多くの課題を乗り越えなければ地域食材のブランディングができないという気づきもあり、自分がどう関わるかを考えさせられました。
自分の得意ごとを活かして、地域の魅力やストーリーをもっと伝えることができないか…。
その頃には明治ごんぼう以外にもいろいろな食材と出会っていました。
ひとつのものを取り組むよりは、地図を描くようなイメージで広くやってみたい気持ちがあったんです。
地域おこし協力隊を2016年に退任し、父の手を借りながら工房をつくりました。
2017年5月にpasiónをスタート。最初は明治ごんぼう、笠岡干拓のいちご、六島の完熟れもん、北木島の甘夏、大江のターメリック、玉島の黒豆の6種類から始まりました。
がつーんと衝撃があるおいしい食材を使う
pasiónの焼き菓子は地域食材の味がダイレクトに伝わってきますが、つくるうえでのこだわりはありますか
山脇
素材の味がそのまま伝えられるよう、生地は甘すぎずシンプルな味にしています。
実は私自身が甘いものが苦手というのもあるのです(笑)
どんな食材でも商品化自体はできるとは思いますが、使う食材は生産されてきた地域の歴史にオリジナル性やストーリーがあるものになっています。あとは育てている人の個性ですね。
そういう食材は、食べたとき「がつーん」と衝撃があるほどおいしいものであることが多いんです。
たとえば、六島の完熟れもん。
きっかけは島のおばあちゃんが大事に育てていた1本のれもんの木だったんです。
たまたま訪れたときに「この木のれもんはおいしい」と話すので、ふざけて「食べてみていいですか」と聞いたんです。
ふつう、れもんは皮ごとだと苦みやえぐみがあって、とてもじゃないけどかじれないもの。
でも、六島のそのれもんは本当にその場でかじれるほど甘く、びっくりしました。
今でも六島の完熟れもんのパウンドケーキはpasiónの人気商品です。
食材との出会いは、こんなふうに自然な流れから。
自分から探しに行くことはあまりなく、地域おこしに関わるかたから「この食材で何かできないかな」と声がかかることも多いです。
食材の良さはお客さんだけでなく生産者にも伝える
収穫から行なうのはなぜですか
山脇
まず、どんな食材でも自ら足を運び、生産者のかたのお話を直接聞きたいからです。
その場で味を確かめ、地域の魅力や食材のできる背景などを肌で感じとることができます。
食材を仕入れるという方法もありますが、やはり現場を見ることでお菓子づくりに感情がこもり、お菓子を通して地域の魅力や地域の様子を伝えていくことができるんです。
あと、どんなに素晴らしい食材でも、木や土壌などの環境による個体差で加工に向き不向きがあるので、現場で食材を選んだり収穫させてもらうことを大切にしています。
また、お菓子づくりを続けるなかで地域へ通い、信頼関係を築くことで、地域がさらに元気になるひとつの要因がつくれたら、という思いもあります。
実際に自分たちが収穫を楽しそうにしているのを知って「私も行ってみたい」という人が出てきたり、「こんなかかわり方があるんだ」と言ってくださるかたも多いです。
地域の人にとっては「おもしろい取り組みで毎年来てくれている」と、その食材の価値をより感じるきっかけにしてもらえます。
あとは、自分自身が収穫をしていて純粋に楽しいからこそ続いているんでしょうね。
自分にとって今のお菓子づくりは、あくまで地域や食材の魅力を多くの人に伝える「手段」だと思っています。極端な話ですが、産地が潤ったならお菓子づくりをやめて別のことを始めてもいいと思っているくらい。
井笠・備後には本当に魅力的な食材がたくさんあります。pasiónを通して多くの人に知ってもらい、同時にその地域について関心を持ってもらえたらうれしいです。
おわりに
マルシェでよく出会うpasiónは、4年前(2017年)に岡山へ移住してきた私にとって「このあたりではこんな食材が有名なんだ!」と発見がたくさんあり、わくわくするお店です。
取材で初めて口にした福山市田尻町の完熟あんずを使ったしろっぷサイダーがとてもおいしかったので、「あんずの花が咲き誇るシーズンに田尻へ行く」という目標ができました。
スペインへ行ったときに山脇さんは「生活を楽しんだり、豊かにするために仕事ってないといけんなぁ」と思ったと言います。
食べるとその地域が身近に感じられるpasiónの焼き菓子は、まさに生活を豊かにするものだと感じました。
まちづくり・地域おこしを経験したパティシエがつくる、色とりどりの焼き菓子。ぜひ食べてみてくださいね。
そして山脇さんから食材の産地のお話も聞いてみてください。