「継承」と「革新」はセット 球団職員20人超のリアルで紡いだDeNA10年の歩み

刊行記念記者会見に出席した初代監督・中畑清氏(右)と著者・二宮寿朗氏

10年の歩みを振り返る『ベイスターズ再建録』著者・二宮寿朗氏インタビュー

1950年に大洋ホエールズとして山口県下関市で産声を上げた球団は現在、横浜DeNAベイスターズと名前を変え、ハマで愛される存在となった。いまやチケット入手が最も困難な球場の1つと言われる横浜スタジアムだが、1998年に日本一に輝いた後、2000年代のスタンドは閑古鳥が鳴くばかり。そんな球団を変えたのは、2012年シーズンにオーナーとなった新興IT企業だった。

横浜DeNAベイスターズが誕生して10年目の今年、球団が大きく変革した軌跡を記した書籍『ベイスターズ再建録「継承と革新」その途上の10年』(双葉社)が発売された。グラウンドで戦う選手や監督、コーチではなく、球団職員という“会社員”の奮闘を描いた異色のスポーツノンフィクションを手掛けたのは、スポーツライターの二宮寿朗氏。木村洋太球団社長、三原一晃球団代表、高田繁・元GM、中畑清・元監督、三浦大輔・現監督といったトップをはじめ、営業、チケット販売、物販、飲食、広報担当といった社員まで、20人を超える球団職員に取材し、1冊の本にまとめあげた二宮氏に、その制作過程や著者の目から見たベイスターズについて伺った。

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これまでサッカーやボクシングを題材とすることが多かった二宮氏だが、プロ野球球団を題材とすることになったのは、ひょんなことが始まりだった。

「スポーツナビさんで別件の打ち合わせをしていたら『ベイスターズさんが10周年にあたり書籍発売を考えているようですが、ご興味ありませんか』と打診されたのがきっかけです。正直、僕で大丈夫かな? と思ったんですが、お話を聞いてみると球団職員に焦点を当てた『プロジェクトX』のようなスタイルだというので、これは面白そうだとお受けすることにしました」

野球の取材を頻繁にしていたわけではないが、DeNAがオーナー企業となってからの“変貌”ぶりは気になっていた。「1998年の優勝以降はあまり人気がない印象だったで、チケットが取りづらい球団になったと聞いて、そのギャップに『えっ?』というのがありました」。どうやら面白い取り組みをやっているらしい。イベントにもオリジナリティがあるらしい。そんな話を耳にしたり、ビジネスという観点から球団経営に取り組む記事を目にしたり。だからこそ、選手ではなく“中の人”を主役とする書籍プロジェクトに惹かれたという。

著書は球団の10年を形作る8つのプロジェクト(章)に分けて構成され、各プロジェクトの中で複数の職員の記憶や証言が巧みにオーバーラップする。様々な視点を通じて、読者が物語に引き込まれていくポイントでもあるが、二宮氏は「相当難しかったですね」と苦笑いしながら明かす。

「一番難しかったのが構成でした。20人の話をどうつなぎ合わせるかが、すごく難しかったです。どこが一番熱いポイント、面白いポイントになるのか。時系列を合わせたり、イベント別に合わせたり、ちょっとパズルを組み合わせるような作業でした。しかも、コロナ禍の中での取材で、話をお聞きするのは基本的に1人1回。一発勝負というスリルも自分の中にありました。コロナならでは取材の中で、球団にうまく材料を集めていただいたので、あとはどう料理するか。僕側の問題になってきました」

スタンドからペンライトが投げ込まれた2013年「YOKOHAMA STAR☆NIGHT」の様子【写真提供:横浜DeNAベイスターズ】

新しいことをしながら繋がりを大切に「『継承』と『革新』はセット」

取材を進めながらも気に掛かっていたのが、「球団職員の物語で果たして引きがあるのか」ということだった。コンセプトは面白いが、斬新さに不安を覚えることもあったという。そんな中、やはり外せないだろうと追加されたのが、DeNA初代監督の中畑氏インタビューだった。対面で行われた取材は「あの口調であの熱さなので、僕がやられてしまいました」と笑いながら振り返る。

「『俺は営業本部長』とおっしゃっている中畑さんのお話を伺っていると、あの熱、あの『熱いぜ!』という感覚が職員のマインドを変えていったんだと思いました。その時『中畑さんの話から書き始めれば、読者も素直に物語に入れるんじゃないか』と最初のパズルが決まった。中畑さんと出会えたことが、僕の中では本を書けたターニングポイントだったと思います」

初代監督から始めるのであれば、結びは今季から指揮を執る三浦監督しかいない。三浦監督にもインタビューをしたのは2021年を迎えてから。球団職員の取材がスタートした昨年8月時点では就任すら決まっていなかったのだから、偶然なのか必然なのか、世の流れは面白い。

タイトルにもなっている「継承と革新」という言葉は、著書の中でもたびたび登場する。球団を引き継いで以来、DeNAが掲げるコンセプトでもあるが、取材を進める中で二宮氏は「『継承』と『革新』はセットなんだ」という思いを強くしたという。

「『革新』の方が強いイメージでいましたが『継承』と『革新』はセット。大洋は(現社名の)マルハニチロになってもスポンサーとして関わっているし、TBSも試合中継で関係は続いている。球団職員の中には大洋時代からの方もいる。新しいことばかりをしているのではなく、繋がりを大切にしているからこそ、周囲の理解を深められたように思います。さらに、球団の中にあった危機感に似た思いを、実はファンの皆さんも持っていた。このままで大丈夫なのか。愛したい球団なのにどうやって愛せばいいんだろう。そんな思いと、上手くはまった気がします」

20人を超える球団職員の体験と想いを聞き取った著者・二宮寿朗氏

大きなトピックとなった「STAR☆NIGHT」 2013年はペンライトを投げ込まれるも…

DeNAが球団を継承した頃、野球を巡る状況にも変化が生まれていた。かつての野球1強時代は去り、球場に観客を集めるには殿様商売ではなく、ファンサービスの必要があると誰もが感じ始めていた。そんな中、DeNAが始めたのが、今では人気イベントとなっている「YOKOHAMA STAR☆NIGHT」だ。第3章に記されている「STAR☆NIGHT」にまつわるエピソードは、二宮氏の心にも強い印象を残した。「20人超の方から伺ったエピソードはどれも面白いものでしたが、書き手として盛り上がりを作ろうとした時、やはり『STAR☆NIGHT』は大きなトピックでしたね」という。

「2013年の『STAR☆NIGHT』はファンに受け入れられず、ペンライトが投げ込まれてしまった。野球の結果が大事という人から見れば、何をやっているんだ? という気持ちも分からなくないですよね。でも、1年経ったら受け入れられるようになる。当日、試合には負けたけどイベントは大いに盛り上がったわけです。だんだん球団がやってきたことが受け入れられ、『STAR☆NIGHT』と同じ仕様のイベントをした2014年の最終戦にはチケットが完売。自分たちがやってきたことが支持された証明になった。これは大きかったと思います」

10年は一区切りではあるが、ここがゴールではない。「継承と革新」は、まだ途上段階だ。取材を通じて球団職員の想いに触れた二宮氏は、ここから先のベイスターズに何を期待するのだろうか。

「取材をして感じたのは、この『再建録』はまさに途中の物語。皆さんに次の話を伺うと『楽しく仕事をしたい』とおっしゃっていました。自分が楽しまないとお客さんを楽しませられない。そこは基本なのかなとすごく感じました。コロナ禍でも『オンラインハマスタ』など新しいことにチャレンジするベイスターズは、僕らがまだ考えつかないようなことができるポテンシャルを持っていると思うので、逆に驚かせてほしい。僕らが思いつかないもので上書きしてほしいですね。

あとは、やはり日本一、優勝。ここは達成していないので。98年のインパクトの大きさを考えれば、優勝すればもっと多くの方にベイスターズを認知してもらえるでしょう。いつでもファンが入るスタジアムになりましたけど、優勝して強いベイスターズを見せることで、さらに愛される球団になると思います。先日、刊行記念記者会見で中畑さんが『3年以内に優勝』とおっしゃっていたので、3年のうちに見てみたいなと思います」

再建に費やされた10年を礎に、次の10年はどんなフェーズを歩むのか。二宮氏もまた、その展開を楽しみに待っている。

書籍タイトル:『ベイスターズ再建録「継承と革新」その途上の10年』
著者:二宮寿朗
発行元:双葉社
価格:1,760円(税込)(佐藤直子 / Naoko Sato)

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