「父が作者」中国の収容施設から伝わったウイグルの詩 安否を気遣う在日留学生の娘

中国政府が「職業技能教育訓練センター」と称する、柵で囲まれた収容施設=2018年9月、新疆ウイグル自治区ウルムチ(ロイター=共同)

 中国政府が新疆ウイグル自治区で、イスラム教徒の過激派対策を名目に、先住民族ウイグル人を職業技能教育訓練センターに収容している。国連人種差別撤廃委員会によると、収容された人は100万人以上ともされる。昨年、施設に収容された人が詠んだものとしてウイグル人の間で注目を集めた詩がある。作者とされるのはウイグルを代表する文化人で、日本への留学経験があるアブドゥカディル・ジャラリディンさん(57)。2018年に治安当局に拘束され、現在まで行方が分からない。長女のブルブルナズ・ジャラリディンさん(30)も留学生として神戸大大学院で学びながら、父親の身を案じる日々を送っている。(共同通信=上松亮介)

 ▽再生回数9万回以上

 「片隅に独りでいる/好きな人がいない/真夜中の悪夢にうなされる/お護りがない/人生に特別な望みはない/静寂の中で考えに捕えられ/なすすべがない/私はかつて誰だった/今はどうした/分からない/心の内を明かすべき人が見つからない/天の気性を知る由もない/恋人のそばに行きたいが/力がない/移りゆく季節を小窓が教える/花とつぼみはどうしても見ることができない/想念が骨髄を通り抜けた/ここはどんな所だ/来る道はあり戻る道はない」(原文はウイグル語。在日ウイグル人の文学研究者ムカイダイス・ヌルさん邦訳)

 この詩を基に製作された音楽ビデオは動画投稿サイト「ユーチューブ」で9万回以上の再生を記録している。

詩を基に製作された音楽ビデオの一場面=YouTubeから

https://www.youtube.com/watch?v=SjAeuB90Ne8&list=LL&index=38

 昨年夏、ブルブルナズさんは米国の研究者らからこの詩について「あなたの父親がつくったものではないか」と連絡を受けた。幼い頃からブルブルナズさんは多くの詩に触れており、「言葉の選び方から父のものだと感じた」という。記者の前で改めて詩に目を通し「父は暗い場所にいるのだろう。どんなひどい目に遭わされているのか」と顔をゆがめた。

 ▽日本に関する随筆も

 アブドゥカディルさんは02年10月~03年3月、石川県能美市の北陸先端科学技術大学院大学に留学。詩人や作家として知られ、著作には日本滞在時の体験を基にしたベストセラーの随筆もあり、多くの若者が日本留学を志す契機となった。

 自治区の区都ウルムチにある新疆師範大学でウイグル文学を教えていたが18年1月29日、治安当局に拘束された後に消息が途絶えた。独立運動などには関わっておらず拘束の理由は分からないが、収容施設に送られたとの見方が強い。  当時、自治区ではアブドゥカディルさんの友人の作家らも拘束後に行方不明になっていた。

ウイグルを代表する文化人で、日本への留学経験もあるアブドゥカディル・ジャラリディンさん=中国新疆ウイグル自治区、撮影日不明(ブルブルナズさん提供)

 ブルブルナズさんは「父たちは自らの仕事を通じ、ウイグル文化の発展に貢献してきた。中国政府の狙いは民族のアイデンティティーを消してしまうことではないか」とみる。

 在ノルウェーの亡命ウイグル人組織「ウイグル・ヤル財団」がことし4月に発表したまとめによると、16年以降、アブドゥカディルさんを含む大学教授や作家、詩人ら382人が治安当局に拘束されたという。またNPO法人「日本ウイグル協会」は、日本への留学経験がある人も複数行方不明となっているとしている。

 ▽最後の言葉

 ブルブルナズさんが最後に父親と顔を合わせたのは17年1月。当時留学していたトルコの最大都市イスタンブールをアブドゥカディルさんが訪れた時だった。神妙な面持ちで「帰って来てはいけない。気を付けて勉強に専念しなさい」と語り掛けたという。

 ブルブルナズさんは18年9月にトルコから来日した。「家族一緒に暮らし幸せだった昔との違いを考えると、時折とても悲しい気分になる。自宅の椅子に座り、いつも本を読んでいた父の姿がいまも思い浮かぶ」と話す。

行方不明となっている父親の写真を持つブルブルナズ・ジャラリディンさん=3月、神戸市

 中国政府のウイグル弾圧に対し、米国は「ジェノサイド(民族大量虐殺)」と認定、欧州諸国も批判を強めている。ブルブルナズさんは「まだ日本政府はウイグル問題に対する態度をはっきりさせていない。基本的人権を大切にしてきた民主主義国家として、無実の父の釈放を中国政府に働きかけてほしい」と求めた。

 ▽取材を終えて

 ブルブルナズさんは記者の質問に言葉を選びながらも、はっきりと自分の経験を話してくれた。メディアへの証言により、中国当局から脅迫など何らかの圧力を掛けられる恐れもあるが「父のため自分にできることをしたい」という覚悟が伝わってくる。また米国在住の弟も実名で同国のメディアに証言している。

 「お父さんの詩のように、あなたが証言しているという事実が彼の元に届くかもしれません。伝えたいことはありますか?」。こう尋ねると、ブルブルナズさんは「必ず家族で再会できる日が来る。あきらめず正義を貫いてほしい」と答えた。

 6月16日に閉会した通常国会では対中非難決議の調整が進められていたが、採択は見送られた。在日ウイグル人たちと話すと、日本の対応の鈍さは落胆を持って受け止められているように感じる。

 こうしている間も中国国外に逃れたウイグル人による証言は後を絶たず、状況は待ったなしと言える。ブルブルナズさんが父親に向けた「正義を貫いてほしい」という言葉は、私たち日本人にも問い掛けられているように感じた。

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