2大耐久王の参入で黄金時代突入へ。ル・マン参戦も可能な高コスパ車両【スポーツカー新規定おさらいLMDh編】

 ル・マン24時間レースを主催するACOフランス西部自動車クラブとウェザーテック・スポーツカー選手権を運営するIMSAの合意、さらにFIAによって車両規則の変更が承認されたことで、ル・マン・ハイパーカー(LMH)規定のマシンとル・マン・デイトナh(LMDh)車の最終的な“コンバージェンス(収束、収斂の意)”が実現。WEC世界耐久選手権へのLMDh参戦に続き、2023年の北米シリーズにLMH車両が出場できることになった

 LMHとLMDh、このふたつの規則は、次世代スポーツカー・プラットフォームという点では同じだが、そのなりたちと性質はそれぞれ異なる。その一方、部分的には共通化が図られ、将来の相互参戦に向けて足並みをそろえる格好となっている。

 本稿ではそんなLMH規定とLMDh規定について、いま一度情報を整理。今後予定される参戦車両の登場や自動車メーカーのプログラム発表を前に、スポーツカーレースが置かれている状況を把握するのに役立てて貰えれば幸いだ。後編では、2023年からIMSAウェザーテック・スポーツカー選手権のトップカテゴリーに導入されるLMDhを紹介する。

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 IMSA国際モータースポーツ協会が運営するウェザーテック・スポーツカー選手権では、2017年よりDPi(デイトナ・プロト・インターナショナル)というカテゴリーがシリーズ最高峰に位置づけられている。

 LMDhはこの現行規定の後を継ぐレギュレーションとして、2020年1月にIMSAとACOが共同発表。当初は2022年から導入される予定だったが、新型コロナウイルスの影響で採用が1年延期され、2023年から本採用されることとなった。なお、この発表当初から“世界三大耐久レース”の枠組みに収まるデイトナ24時間とル・マン24時間への相互参戦を可能とすることがIMSAとACOの間で合意されていた。

 現在、キャデラックとアキュラ、マツダの3メーカーが参戦し、かつてはニッサンの姿も戦いの場にあったDPiでは、WECの2017年シーズンに登場したオレカ、リジェ、ダラーラ、(ライリー&)マルチマチックという4つのコンストラクターが製作したLMP2シャシーをベースに、自動車メーカー独自のエンジンとスタイリングを与えることで“オリジナルマシン”としている。

 新規定のLMDhの哲学もこれの延長線上にあり、上記4つのシャシービルダーから任意の車台を購入し、ブランドを象徴するイメージを持たせたボディカウル、およびエンジンを搭載することになる。ただし、次世代のマシンはここに共通ハイブリッドシステムが追加されるとともに、車両の最大寸法がLMHと同様に大型化され全長は5100mm以下、全幅2000mm以下、ホイールベースは全車共通3150mmと定められた。最低重量は1030kgでLMHと共通だ。

 なお、ボディ上面の開発は、ダウンフォースとドラッグの比率を4:1と規定したうえで、自動車メーカーが独自に行うことを認める一方、フロア形状についてはベースのLMP2シャシーから変更不可とした。この点は開発をフリーとしているLMHと異なる。

LMHと同様に、LMDhでもミシュランがタイヤを供給する
2018年シーズンからDPiクラスを戦うアキュラARX-05は現在、シリーズ2連覇中。LMDhでもオレカとの関係を継続か

■車両全体での価格は100万ユーロ(約1億3000万円)を想定

 また、ボッシュがインバーターとともに供給するモーターの出力についてもLMH(のハイブリッド車)とはスペック上に差異があり、LMHが回生/力行ともに最大200kWであるのに対し、LMDhは回生のみ200kWで出力側は50kW(約68PS)となっている。さらにMGU-Kの搭載位置もフロントとリヤで異なるのも特徴で、LMDhは後者を採用した。

 ハイブリッドシステムの構成要素であるバッテリーとDC-DCコンバーターは、ウイリアムズ・アドバンスド・エンジニアリング製。システムの最大出力はLMHと同じ500kW(約680PS)で、この内の約470kW(630hp/約638PS)を各メーカーの内燃エンジンが担う。パワートレインが発揮する動力をミシュランが供給するリヤタイヤに伝達するのは、Xトラック社製の横置き7速ギアボックスだ。

 LMDhの特徴のひとつであり、自動車メーカーの関心を惹き付ける魅力のひとつにコスト制限を設けている点がある。この中では、ハイブリッドシステムのコストが30万ユーロ(約3900万円)以下と規定され、メーカー独自のボディワークと共通ギアボックスを除くLMP2シャシーに関するコストは34万5000ユーロ(約4500万円)以下と定められた。

 車両全体での価格は100万ユーロ(約1億3000万円)が想定されているが、この中にはエンジン部分のコストは含まれていない。とはいえ、すべてをオリジナルで製作するLMHと比較して、共通パーツを数多く使用することになるLMDhの車両製造コストが低く抑えられるのは明らか。開発コストを抑えながらモータースポーツの場で自社ブランドのアピールを行いたい自動車メーカーにとっては非常に魅力的なカテゴリーと言える。

 それを証明するかのように、2023年にスタートする新規定への参加を表明したメーカーは2021年7月現在で4社に上る。もっとも早く手を上げたのは2016年を最後にWECから退いたアウディだ。

 彼らに続いたのは、同じフォルクスワーゲン・グループに属する“耐久王”ポルシェ。この2社は、ともにマルチマチック社のシャシーを使用することを発表し、カスタマー展開を行うことも示唆。さらに、ポルシェはチーム・ペンスキーと組んでWECとIMSAにワークス体制で参戦し、各シリーズに2台のLMDhマシンを送り込むことをアナウンスするとともに、新車のロールアウトを今季中に行いたいとしている。

今年4月、アウディは2023年のデイトナでデビューするLMDhマシンのイメージを公開した
DPI最多勢力を誇るキャデラックのLMDhプログラムはもうまもなく発表される見込みだ

■ランボルギーニやマクラーレン、レクサスが参戦の可能性も

 現行規定を戦うメーカーからはホンダの北米ブランドであるアキュラが名乗りを上げた。現在、アキュラは『オレカ07』ベースのDPiマシン、アキュラARX-05でシリーズを戦っており、LMDhでもその関係を継続させるものとみられているが、正式発表はまだなされていない。

 また、現行シーズンで『ダラーラP217』ベースのキャデラックDPi-V.Rを走らせているキャデラックも、IMSAでのプログラムを継続することが予想されているブランドのひとつだが、現在のところ参戦に関するアナウンスは行われていない。マルチマチックと組むマツダは、残念ながら今シーズン限りでのシリーズ撤退を発表している

 そんななかABBフォーミュラE世界選手権からの撤退を明らかにしているBMWが先月、LMDhでプロトタイプカーレースに復帰することを発表。2023年のウェザーテック・スポーツカー選手権に2台のLMDhマシンで参戦すること明らかにした。
 
 22年中のロールアウトを目指すBMWのプログラムは、ワークス参戦のみと考えられており、シリーズの枠を超えて挑戦が可能なWECおよびル・マンへの参戦については言及されていない。

 この他にもLMDhに興味を示しているメーカーは多数存在していると考えられており、ダラーラのOEMパートナーシップ・マネジャーを務めるマックス・アンジェレッリによれば、2024年には最大8つのマニュファクチャラーから20~25台のLMDhマシンがデイトナに参戦し、そのグリッドに並ぶ可能性があるという。彼は特定のマニュファクチャラーの名前を挙げることを避けたが、その中にはマクラーレンやランボルギーニ、レクサスなどが含まれていることが理解されている。

 冒頭で述べたように、2023年からはLMHとLMDhが互いに大西洋を渡り、1台のマシンでふたつの選手権を戦うことが可能となる。仮に、BMWを含むLMDhメーカーすべてが2023年のル・マンに出場するとなった場合、トヨタとグリッケンハウス、そこにプジョー、バイコレス、フェラーリを加えた5メーカーのLMHとの激突を垣間見ることになる。これは例年1月末に行われるデイトナ24時間や3月のセブリング12時間にも当てはめることができ、その光景はまさしくスポーツカーファンが長年夢見てきたものではないだろうか。

2023年の北米シリーズ参戦を発表したBMW。ル・マン/WECへの参戦については言及を避けている
チーム・ペンスキーとのタッグでIMSAとWECに各2台のマシンを投入するとしているポルシェ
LMDhだけでも多数のメーカーが参入されることが予想されているが、“コンバージェンス”の実現によって、ここにLMHが加わることが可能となった

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