全米の野球ファンがお祭りムードに包まれるオールスターウイーク。今年はコロラド州デンバーのクアーズ・フィールドで日本時間の7月14日にオールスターゲームが行われた。
これに先立ち、前日に開催された「ホームランダービー」(本塁打競争)には、33本で両リーグ本塁打レースのトップに立つ、エンゼルスの「二刀流」大谷翔平が、日本人初出場を果たした。
二人1組で規定時間内にどちらが多くのホームランを打つかを競うドリームマッチ。第1シードで登場した大谷は、惜しくも延長戦の末に1回戦で敗退したが、途中で息の上がった大谷にスポーツドリンクを運んだのが、マリナーズの左腕エース菊池雄星だった。何ともほほえましい光景だった。
岩手・花巻東高校の同窓。菊池が3年先輩だが、この日はボクシングのセコンドのように後輩のサポートを買って出た。本人たちにとっても夢のような時間だったに違いない。
今や、全米のスポーツファンを魅了する大谷の存在が太陽だとしたら、菊池は月といったところか。
マスコミの取材が大谷に集中する分、菊池にスポットライトが当たる機会は少ない。だが、渡米して3年目。見違えるほどの変身を遂げ、初めて球宴のメンバーに選出された。
菊池は、新型コロナウイルスの影響が疑われる体調不良を訴えて参加が危ぶまれた。PCR検査で陰性が確認されその後の再検査もパスしたが、万全の状態ではないという理由で試合への出場を見合わせた。
大谷が投げて、打って、走ってとあり余る才能を発揮する天才肌なら、菊池は努力型。というより、いささか不器用で試行錯誤を繰り返す遅咲きのエースと表現した方が正しいかもしれない。
高校時代は3年の春、センバツ大会で準優勝。夏もベスト4入りを果たしている。その夏は故障を抱えての出場だったが、大会終了後には肋骨の骨折が判明する。
それでも最速154キロをマークした左腕は、ドラフトで6球団が競合の末、西武への入団が決まった。
しかし、そんな大器が二桁勝利を挙げるまで6年の歳月を要している。ストレートは速いし、大きく曲がり落ちるスライダーも一級品なのにエースへの道は遠かった。
毎年のように投球フォームを変える。コントロールにばらつきがあるから四球も多く“独り相撲”になってしまう。
腕の振り一つをとっても、試合中にあれこれ悩む仕草を見せる。打者と相対するというより、一人でもがき苦しむタイプだった。
2019年。満を持してメジャーに挑戦したが、今度は高い壁が待ち受けていた。日本ではトップレベルの150キロ超のストレートが打ち返される。自慢のスライダーも通用しない。
だが、3年目の今季はメジャー仕様に改良を加えることで劇的な変化が生まれた。
何よりの進化はカットボールの習得だ。フォーシーム(直球)の握りから少し指を開くカットボールは、投球の軌道が似ていて、球速はほとんど落ちずに打者の手元で変化する。この新球を完全にマスターすることで、制球力が飛躍的に向上し投球に安定感が増した。
今季球宴前まで6勝4敗で防御率は3.48。昨年までと比較すると、エースの証明と言えるクオリティースタート(6回以上、3点以下)が16試合の先発で11度と飛躍的にアップした。
防御率も過去2年の5点台が大幅に改善されている。以前はストライクを取るのに苦労して球数が増えるから長いイニングを投げられない。だから勝利数も伸びなかったが、カットボールの習得ですべてが好循環に転じた。
自身最長の5連勝も記録して、メジャーでも高い評価を受ける左腕エースに成長した。
話はいささか脱線するが、近年の東北の野球パワー、とりわけ岩手県勢の躍進は目覚ましい。
かつては野球不毛の地とまで言われた東北にあって菊池、大谷、佐々木朗希(大船渡高校―ロッテ)と地元出身の選手が活躍している点は、いわゆる「野球留学組」と一線を画す意味でも価値がある。
大谷が先輩の菊池に憧れ、佐々木は大谷の姿を見て育った。そうした点からも菊池の功績は大きい。
こつこつと努力を重ねて、遅咲きの菊池に新たな景色が見えてきた。注目度では大谷に後れをとっても、今が野球人生の中で最も充実している時期かもしれない。
荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル
スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。