ケラリーノ・サンドロヴィッチ meets 秋元 康で創造!彼らにしか成し得なかった歌謡曲が並ぶソロ作『原色』

『原色』('96)/ケラ

“じゃがたら、ルースターズ、ユーミン、矢沢永吉から『みんなのうた』まで、“大好きな曲ばかり”をセレクト”したカバーアルバム『まるで世界』を7月7日に発表したばかりのKERAこと、ケラリーノ・サンドロヴィッチ。最近では『東京2020パラリンピック』の開会式のステージ演出を任されるなど(開催延期に伴って退任したようではあるが…)、演出家としての知名度が高くなっていることは間違いないが、以下の本文でも述べた通り、日本の音楽シーンを築き上げてきたアーティストのひとり。その独特の音楽センスも長きに渡って高い評価を受けている。今回はそんな彼のソロアルバムをピックアップしてみた。

数多くのユニットで活動

ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下ケラ)と言えば、今や日本の劇作家、演出家としての顔の方が有名かもしれないが、昭和を過ごした音楽ファンにとっては、やはり有頂天のヴォーカリストであり、音楽レーベル『ナゴムレコード』の主宰者としての活躍を忘れることはできない。間違いなく彼は1980年代のインディーズブームの立役者であり、引いては、日本の音楽シーンを変革した人物のひとりと言っても過言ではなかろう。現在、普通に使われている“インディーズ”という言葉がメジャーの対立概念として巷に浸透しているのは、1980年代初めにケラを始めとするアーティストたちの活躍があってのことだし、その後、インディーズで活動しながらもメジャーを凌駕する人気、知名度を得るアーティストが数多く出現してきたのも、ケラたちが尽力した時代があったからこそ…というのは大袈裟な物言いではないだろう。

もちろん、彼は今も精力的に音楽活動を継続しており、2015年にミニアルバム『lost and found』を、2016年には有頂天で26年振り完全新作アルバム(しかも2枚組!)『カフカズ・ロック/ニーチェズ・ポップ』を発表し、ここ数年は毎年ライヴも欠かしていない。今年も3月と6月に『コロナ禍の有頂天』と題したライヴを開催している。有頂天以外では、ムーンライダーズの鈴木慶一とのユニット、No Lie-Senseで2020年に『駄々録〜Dadalogue』を発表したのが記憶に新しい。そして、今年、ソロとして“KERA”名義でのカバーアルバム『まるで世界』をリリースしたばかりだ。

“今も精力的に…”とは言ったが、むしろ、最近さらに音楽活動が活発になってきた印象がある。振り返ってみれば、有頂天、No Lie-Sense、ソロを除いても、彼はさまざまなユニットとして世に出てきた。LONG VACATION、ケラ&ザ・シンセサイザーズ、秩父山バンド、空手バカボンなどがその代表的なもので、他にも[伝染病、輪廻、クレイジーサーカス、健康、B-MOVIE、此岸のパラダイス亀有永遠のワンパターンバンド、POP MUSIC RETURNS、Jトンプソン商会、エレキバター、ザ・ガンビーズ]などがある([]はWikipediaからの引用)。こうなると、“今も…”とか“最近さらに…”ではなく、もともと自らの創作活動においてはワーカホリック気味な側面を有した人なのであろう。

そんなふうに、さまざまなユニットでも活動しているケラゆえに、彼の音楽性をひと口で語るのは困難だ。大きく括ればニューウェイブということになるだろうし、有頂天は確かにテクノポップとパンクを融合させた感じが強いだろうが、それでチューリップの「心の旅」をカバーしていたりするので、自称“ヘンな音楽の殿堂”という形容が相応しいとは思う。No Lie-Senseで言えば、ケラ、鈴木のふたりで“さほど意味のない音楽をやろう”と結成されたということで、実際、その音楽はひと筋縄ではいかない…というか、強いて言えばインプロビゼーションに近いものに仕上がっている印象だ。ソロ作品においても、1980年代半ばには有頂天に通じるニューウェイブをやりつつ(というか、この時期はソロも有頂天もシームレスだった印象)、近作の『Brown, White & Black』(2016年)と『LANDSCAPE』(2019年)ではジャズをやり、そして、最新作『まるで世界』ではさまざまなアーティストの名曲をデジタルからアカペラに至るまで奔放なサウンドでカバーしている。バンド、ユニットに限らず、作品毎に何が飛び出すか分からない…というのはケラの基本的スタンスなのかもしれない。

そんなソロ作品の中でも『原色』は大分、異彩を放つアルバムと言っていいのではないかと思う。それこそカバー曲も多いので、楽曲を手掛けたのがケラ以外であることは珍しくはないのだが、『原色』収録曲はカバーとかではなく、全てオリジナル。それでいて、ケラが作詞作曲を担当していないのである。1980年代半ば、ナゴムレコードで発表したソロ作品ではほぼケラ自身が作詞作曲を手掛けているので、これはかなり稀なケースだ。しかも、プロデューサーが秋元 康で、作詞も同氏で、作曲:井上大輔、編曲:船山基紀。“THE歌謡曲”と言うべき布陣で挑んだアルバムなのである。

バラエティーに富んだ歌謡曲

現在、廃盤となっているからか、『原色』についてケラ自身が語っている文献を探すことが困難であったため、本作の制作背景がどうであったのか、彼がどう作品に臨んだのかは定かではないけれども、M1「情熱の炎」のイントロでの如何にもな昭和の流行歌風の女性コーラスに続いて、《Hi! This is ケラリーノ・サンドロヴィッチ! Most important Japanese singer 歌謡曲singer!》と叫んでいるから、歌謡曲を意識した作品作りをしたことは議論を待たないであろう。以下、ザっと『原色』収録曲を個別に解説していこうと思うが、いずれもまさしく歌謡曲である。

M1「情熱の炎」は、《アカプルコの陽射し》という歌詞があるので、これはマリアッチだろうか。どのジャンルに分類されるのかはよく分からないけれども、ラテンフレイバーのダンスチューンであることは間違いない。パーカッシブなサウンドが印象的で、チャカポコとカッティングするギターと軽快なベースラインとでグイグイと全体を引っ張っていきつつ、サビでメロディーが開放的に展開していく。それでいて、完全に開けっ広げではなく、サビ後半ではマイナーに落ち着いていく辺りは、日本的な叙情感と言えるかもしれない。少しタイプは異なるが、サザンオールスターズの「チャコの海岸物語」に近いというか、大人が真剣にパロディを楽しんでいる様子が伝わってくるようだ。

M2「Continueしたい」は一転、ボサノヴァ。ムーディで落ち着いた雰囲気を漂わせる。派手さこそないが印象的なフレーズを繰り返すギターは元より、間奏でシャレオツに鳴るピアノも心地良い。バブルっぽい歌詞に引っ張られてか、全体的に1980年代風な感じがするのは気のせいだろうか。M3「上海雪」はシングルとしてもリリースされたナンバー。中華風の音階を持つポップチューンであり、パッと聴き、またも景色が一転したかのような印象を受けるが、ギターの刻みがスカっぽく、M3からつながりを感じさせなくもない。また、楽器の主旋律はシンセが奏でていて、酷似している…というほどではないものの、YMOを彷彿させるところもある。

M4「マリンタワー」はシティポップ風。語弊があるかもしれないけれど、とんねるずが杉山清貴&オメガトライヴや稲垣潤一辺りのパロディーをやった感じと言ったら、その匂いが伝わるだろうか。メロディーは演歌やムード歌謡寄りだろうが、都会的サウンドを作り出そうとしている感じは十分に伝わってくる。先行シングルでもあったM5「テレビのボリュームを下げてくれ」は明らかに井上陽水の「氷の世界」へのオマージュであろう。ゲートリバーブの効いたドラムは如何にも1980年代的な響きではあるが、印象的なメロディーのリフレインに、その意味はよく分かないけれど断定的な物言いが連続する歌詞を乗せていくところはまさにそんな感じ。Bメロの展開もかなり「氷の世界」に近い気はする。これも大人が真剣に遊んでいる感じがしてとてもいい。

ミドル~スローのM6「サヨナラの前に接吻を」はChristopher Cross辺りを思わせるAOR風ナンバーだが、これが何とデュエット曲。お相手はおニャン子クラブの元メンバー、会員番号19番の“ゆうゆ”こと岩井由紀子だ。これもまた1980年代的ドンシャリ感が如何ともし難いサウンドではあるものの、全体的には大人っぽい空気感を孕んでいて、その点では“ゆうゆ”という人選は微妙ではあるが、楽曲としては悪くない。M7「マリー(瞳の伝説)」はGSのパロディーだろう。オケヒ的なシンセも導入されていて、音作りにまで凝った感じはしないものの、歌メロは完全にGS。ブルー・コメッツに若干ザ・スパイダースが混じった旋律は、流石に井上大輔といったところだろうか。

M8「ほっといて」、M9「いくじなし」はともにシャンソン。とはいえ、本場フランスの…というよりも、和風というか、戦後、日本語でカバーされたシャンソンへのオマージュが感じられるナンバー。この2曲でアルバム『原色』は締め括られる。M9はタイトルからも明らかに、越路吹雪のナンバーで、WAHAHA本舗所属の梅垣義明のパフォーマンス時に使われている「ろくでなし」を意識したことは間違いなかろう。アコーディオンの音色や合唱(というよりも、シンガロング風)や歓声にも酒場っぽさがあって、雰囲気はとてもいい。

超強力なメンバーが下支え

…と、かなりザっと全曲を解説してみたが、確かにほとんどがパロディーと呼んでいい代物ではあるものの、先に“大人が真剣にパロディーを楽しんでいる”と述べたように、チープさがないというか、適当にやっているような感じが微塵もないのである。その要因として、バンドサウンドがかなりしっかりとしている点が挙げられると思う。参加ミュージシャンのクレジットに、芳野藤丸と角田順というふたりのギタリストの名前がある他、ドラマーには長谷部徹、岡本郭男のふたり、パーカッションには浜口茂外也が名を連ねている。ベーシストには“HIDEKI MATSU”とあって、これとまったく同じ名前のミュージシャンを見つけられなかったが、ドラムに長谷部がいるとなると、これは松原秀樹のことかもしれない(違っていたらすみません。先に謝っておきます)。これらのメンバーの経歴はあえて説明しないけれども、現在まで日本の名立たるアーティストのレコーディング、ライヴに参加しているスタジオミュージシャンたちばかりである。それら凄腕の面子で、数多くの筒美京平作品のアレンジを手掛けてきた、日本を代表する編曲家と言っていい船山基紀の創造する楽曲を演奏するのだから、それが悪いはずはないのである。GS期からヒット曲を書いていた井上大輔のメロディーも然りであるし、秋元 康の歌詞はもはや説明は不要だろう。歌謡曲を作る布陣として、この上ない…とは流石に言い過ぎではあろうけれども、超強力なメンバーであったことは違いない。

そんなサウンドに支えられたケラのパフォーマンスも、決してそれらに見劣りするものではないことを最後に強調しておこう。ケラというミュージシャンを説明する時、やはり本稿前半で説明したように、その多彩な活躍ぶりが注目されることが多く、作品に話が及んでも、類稀なるワードセンス、他者ではあまり見ることがないルーツの引用なども注目されることがほとんどだったと思う。少なくとも、そうしたことよりも先に彼の歌唱に関した話が語られることはほぼなかったような気がする。だが、有頂天結成から数えて40年間、ヴォーカリストを務めてきた人である。しかも、あらゆるユニット、バンドにおいて…だ。そのヴォイスパフォーマンスもまた悪いわけがないのである。

とりわけ本作ではシアトリカルな歌唱が目立つ印象である。具体的に示せば、M3「上海雪」では圧力が強め、M4「マリンタワー」ではまったりとした感じと、タイプは異なるが、共に楽曲の世界観に合わせた歌い方を見せている。M7「マリー(瞳の伝説)」のねっとりとした歌唱はまさにGSっぽい。M8「ほっといて」、M9「いくじなし」の歌劇的な感じは、ことさらに彼が劇作家であることとの関連を述べるまでもないけれども、何とも“らしい”と思わせるし、自身も楽しんで演じていたような印象を受ける。そんなふうに考えると、本作に関する文献を探すことが困難であったため、はっきりと断言することは難しいが、『原色』は、秋元康のプロデュースによって、奇才の新たな一面が開花したアルバムと言えるのかもしれない。

TEXT:帆苅智之

アルバム『原色』

1996年発表作品

<収録曲>
1.情熱の炎
2.Continueしたい
3.上海雪
4.マリンタワー
5.テレビのボリュームを下げてくれ
6.サヨナラの前に接吻を
7.マリー (瞳の伝説)
8.ほっといて
9.いくじなし

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