<レスリング>【2021年東京オリンピックにかける(6)】負けたことで自分の弱さを実感でき、成長につながった!…女子68kg級・土性沙羅(東新住建)

 

(文=スポーツライター・矢内由美子)

Zoomインタビューに答える土性沙羅(東新住建)

 5年前のリオデジャネイロ・オリンピックとは、立場や心構えが、すべて異なっている。女子68kg級でオリンピック連覇を目指す土性沙羅(東新住建)は、心身ともにひと回りたくましくなって大舞台に臨む。

 「東京オリンピックは本当に特別な舞台。東京オリンピックのマットに立てることを感謝しながら、今までやってきたことをすべて出し切れるようにやっていきたい」。決戦を前に、穏やかな表情の奥に秘める闘志という炎に油を注いでいる。

 初出場で世界の頂点に立った2016年リオデジャネイロ大会以降は、けがに悩まされてきた。チームは優勝した2018年3月のワールドカップ(団体戦)で左肩を脱臼。もともと脱臼ぐせがあったため、翌月に左肩を手術した。

 その後、同年12月の全日本選手権で8連覇を達成したところまでは順調な回復だったが、2019年は手術した年よりもさらに大きな試練に直面した。肩の手術により体を思うように動かせなくなり、得意とする正面タックルの切れ味が落ちた。

1年延期の不安を取り除いてくれた登坂絵莉

 2019年9月の世界選手権は、3回戦で米国選手(優勝したタミラ・メンサストック)に敗れ、3位決定戦でもドイツ選手に屈し、オリンピックの内定を得ることができなかった。5位で国別出場枠だけはどうにか手にできたものの、肩の状態が万全でなかったとはいえ、リオデジャネイロ・オリンピック金メダリストのプライドは傷ついた。 

力だけではなく、テクニックも身につけたタミラ・メンサストック(米国)。最大の敵と思われる

 追い打ちをかけるように、優勝すれば東京オリンピック代表が決まる12月の全日本選手権の前に左ひざを痛めるアクシデント。全日本選手権は強行出場したが、準決勝で新鋭の森川美和(日体大)に敗れ、内定を逃した。2020年1月にも再びひざを痛め、3月のプレーオフで勝ってようやくオリンピック切符を手に入れたが、今度は新型コロナウイルス感染拡大でオリンピックが1年延期になった。

 「モチベーションを保てるのだろうか」

 心がざわついた。その時、精神面で支えてくれたのは、リオデジャネイロ大会でともに金メダルに輝いた登坂絵莉だった。「モチベーションが大変だと思うけど、それはみんな同じ。けがもあったのだし、延期をプラスにとらえて頑張ってほしい」

 登坂はすでに東京オリンピックの出場を逃していた。自分以上にけがに苦しみ、悔しい思いをしてきたであろう1歳上の先輩に励まされ、土性の心に力が湧いた。「けがを治して、もっとパワーアップしてオリンピックに出られるチャンスかもしれないと、と気持ちを切り替えることができた」

高速タックルが武器だが、「1つの技に頼っていてはいけない」

 そこから取り組んだのは、2019年の負けをきっかけとして見直しを図ってきた新しいレスリング・スタイルの確立だ。土性のもともとの武器は、故・吉田栄勝さん直伝の高速タックルだが、肩の負傷以降は、それだけでは勝てなくなっていた。大柄でパワーのある選手と対峙する際には上からつぶされる危険性もある。

幕張で見られるか、日の丸を持ってのウィニングラン=2017年世界選手権

 得意とする正面タックルを磨きつつも、1つの技に頼っていてはいけない。土性はそう判断し、攻撃のバリエーションを増やすと決めた。

 この1年余りは、コロナ禍の影響で海外遠征や国内大会がなくなり、実戦の機会がなくなったが、「海外の選手のビデオを見て、どういう技をしてくるのかを自分なりに考えたり、コーチと話したりして、練習しています」と言う。

 今ではがぶりや横からのタックル、カウンターなど、多彩な武器を身に着け、どこからでも攻めることのできるスタイルに変身しているとの自負がある。肩やひざの痛みもなくなり、「全然問題ありません」と笑みを浮かべている。

 「前回(リオデジャネイロ)は初めてのオリンピックで、勢いで行けた。苦しいこともなく、スッと内定を得ることができていた。今回はそうはいかず、本当に大変なのだな、と思わされた。でも、負けたことで自分の弱さを実感できたし、次に勝つにはどうすればいいのかを考えることができた。すごく成長できたと思う」

 重量級でオリンピックを連覇した日本人は、男女を通じていない。ひと回り成長した土性が快挙に挑む。

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