中国公認の新疆取材ツアー、記者が抱いた「違和感」とは 共産党に忠誠アピールするウイグル族

中国国旗が並ぶ、新疆ウイグル自治区ウルムチの国際大バザール周辺=5月(共同)

 久々に帰省した地元の母校に「菅義偉首相のわが町へのご配慮に心から感謝する」と記された横断幕が掲げられ、親戚や旧友が競うように政権礼賛を口にしたら―。そんな想像をしてもらえれば、中国当局公認の取材ツアーで訪れた新疆ウイグル自治区で抱いた違和感が少しでも伝わるかもしれない。イスラム教徒が大多数の少数民族ウイグル族の人々は共産党への忠誠をアピールし、宗教の制限や抑圧は「西側諸国のでっち上げだ」と否定。民族への同化政策で独自の文化は色あせ、党のシンボルカラーの赤色ばかりが目についた。(共同通信=大熊雄一郎)

 ▽ザクロの実

 中華全国新聞工作者協会が企画したツアーに5月、国内外の記者や自治区当局者ら約30人とともに参加した。協会は共産党の指導下にあり、「真実の新疆を知ってもらう」(当局者)として日本やオランダ、キューバなどの記者が招かれた。

 シルクロードのオアシス都市として栄えた南部ホータン地区で、4組のウイグル族の夫婦が自宅を案内してくれた。建設業のフォジャーム・ニアーツさん(48)は「国の補助金で家を建てた。今はとても幸せ」と語った。国際社会が懸念する収容施設やジェノサイド(民族大量虐殺)については「存在しない」と言下に否定した。

 案内された家はいずれも庭付きで、ちり一つない応接間の机にナツメやピスタチオなどを盛り付けた皿がきれいに並べられていた。なぜか2018年のカレンダーが掛けてあるなど不自然な家もあった。

当局公認の取材ツアーで案内されたウイグル族の住宅には、中国建国の指導者、毛沢東の置物(右上)が飾られていた=5月、ホータン(共同)

 「各民族はザクロの実のように固く結び付こう」。夕食会場の夜市に向かう途中、団結を呼び掛ける標語を目にした。14年5月に北京で開かれた会議で習近平国家主席が、人口の圧倒的多数を占める漢族と少数民族のウイグル族の「共同体意識」を育てるよう指示した際の言葉だ。

 その年の4月には習氏の自治区視察のタイミングを狙ったとみられる爆発事件が起きていた。激怒した習氏が「テロ」の徹底的な取り締まりを指示し、ウイグル族への激しい摘発のきっかけになったとされる。

ヤンハンモスクに掲げられたスローガン「各民族はザクロの実のように固く結び付こう」=5月、ウルムチ(共同)

 「ザクロ」発言の宣伝が始まった当時、ウイグル族の知人が「ザクロの実は食べた後に種を『ぷっ』とはき出してしまうよ」と皮肉っていたのを思い出した。

 ▽イスラム教は悪?

 黒板の上から見下ろすように、全ての教室に国旗と、習氏が自治区を視察した際の写真が据え付けられていた。ホータンにある小中高が一体となった教育施設。「党のために人を育てる」との教育方針を掲げる校舎で、ウイグル族の生徒たちが教師に続いて中国語を唱和していた。

 中国政府は少数民族に対する同化政策を進めており、中国語教育を推進。以前はウイグル語しか話せない住民も多かったが、女子生徒(16)は「中国が好きだから母国語を使う」と流ちょうな中国語で話した。

 同化により少数民族の言語や文化が失われるとの指摘もある。教師のアディラ・アイシャさん(35)は「民族言語の制限という非難は完全にでたらめ。学校ではウイグル語を使えるし、文化も学べる」と語気を強めた。

 西部カシュガル地区疏附(そふ)の幼稚園にも巨大な習氏の写真パネルが掲げられていた。元気よく歌うウイグル族の園児は、「中国 愛しています」と記されたオレンジ色の制服を着ていた。

中国新疆ウイグル自治区カシュガル地区疏附で「中国 愛しています」と記された制服を着て歌うウイグル族の園児ら=5月(共同)

 大多数はイスラム教徒のはずだが、教育施設に宗教色は皆無で、取材に応じた教師や生徒は全員が「無宗教」と答えた。幼稚園の職員(24)は「学校に信仰を持ち込んではならない。未成年を守る義務がある」と主張。イスラム教は悪いことなのかと聞くと、「信仰を持つかは成人になってから判断すること」と語った。

 ▽投獄リスト

 「彼らの行方を探ってほしい」

 取材ツアーに先立ち、海外に亡命したウイグル族の知人から16年以降に投獄されたとされるウイグル族の知識人約360人のリストを渡された。行動が極めて制限された中で取材は難しかったが、何度か機会はあった。

 リストの1人、アブドゥカディア・サウット氏は、カシュガルにある中国最大のモスク(イスラム教礼拝所)、エイティガール寺院のイマーム(指導者)だった。関係者によると、17年に「過激思想を広めた」として当局に拘束され、その後懲役15年の判決を受けたという。約600年の歴史を持つ同寺院で「ハティプ」と呼ばれる説教師も務めた有力者だった。

中国国旗が掲げられたエイティガール寺院=5月、中国新疆ウイグル自治区カシュガル(共同)

 ツアーで訪れた同寺院で、現職のイマームは「(サウット氏は)過激思想を広め宗教の名目で違法な活動をした」と述べ、投獄の事実を認めた。

 リストには自治区の区都ウルムチの宗教指導者養成学校「新疆イスラム教経典学院」のウイグル族教師ら8人の名前も記されていた。自治区政治協商会議(政協)副主席を務める同学院の院長(58)の前で一人一人の名前を列挙すると、みるみる顔つきが変わった。院長は一部事実だと認め、怒気を含んだ声で「法律を犯したために捕まった」と述べた。

「新疆イスラム教経典学院」のモスクで生徒に教えを説く院長(上)=5月、ウルムチ(共同)

 ノルウェーに亡命したウイグル族作家のアブドゥエリ・アユプ氏(48)は「モスクはウイグル語で情報を交換する場所であり、イマームはそのまとめ役」と指摘。習指導部は宗教施設がテロの温床となっていると見なし、宗教に関わる知識人やモスクへの圧力を強めているとみられる。

 ▽容疑者扱い

 09年に起きたウイグル族による大規模暴動の舞台となったウルムチ中心部の国際大バザール。15年に訪れた際は武装警察らが隊列を組み通行人に目を光らせていたが、今回の訪問時はそうしたあからさまな威嚇はなく、入場時の安全検査も緩やかだった。

 かつては長いひげを生やす男性やスカーフ姿の女性が目立ったが、そうした人たちもほとんど姿を消していた。愛想のいい小売店のウイグル族の男性にイスラム教徒かと問うと、目をそらして露骨に無視した。

 取材ツアーに同行している当局者の目を盗んで人けのない場所を歩いていると偶然、党幹部による住民管理の規定を記したウルムチ市当局の掲示物を見つけた。目立たない場所にひっそりと置かれていたが、衝撃的な内容だった。

 規定は党幹部に対して、担当する居住区の住民が(1)刑期を終えて釈放された人物(2)取り締まり対象者の親族(3)イスラム教に基づく遺体洗浄の従事者(4)宗教家―かどうかを入念に調べるよう要求。また民族の分裂や違法な宗教活動への関与の有無、カッターなどの所持品を詳細に記録するよう促していた。

ヤンハンモスクで、中国国旗の掲揚を見守るウイグル族住民ら=5月、ウルムチ(共同)

 各居住区の党組織は住民の動向を絶えず把握・分析し、「しらみつぶしに」情報を集め、問題があれば速やかに通報するよう規定。住民を“容疑者”のように扱う高圧的な管理が横行していることを示唆していた。

 規定には、当局者が住民と接する際は「しっかりと安全を確保し、危険や不測の事態を防がなければならない」と注意を促していた。統治に不満を抱える住民と当局者の緊張関係を物語っていた。

 ▽VIP待遇

 約1週間にわたるツアーでは、バスが移動するたびにほかの車は通行止めとなり、信号待ちもほとんどない“VIP待遇”だった。ほぼ同時期に独自に取材に入った同僚が当局による尾行や威嚇などの妨害に悩まされたのとは大違いだ。

 自治区での抑圧統治により損なわれた国際イメージの挽回に躍起になる当局。しかし芝居小屋に招いて演出された“完璧な新疆”を見せるかのようなやり方は説得力を持ち得ず、かえって舞台裏の闇の深さに疑念が深まった。

市内に掲げられた中国共産党創建100年を祝うスローガン=5月、ホータン(共同)

 ウルムチ市内最大の「ヤンハンモスク」には、例の「ザクロの実」のスローガンが掲げられていた。帰途に就くバスに乗り窓を眺めていると、何かを「ぷっ」とはき出す若者の姿があり、思わず凝視した。

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