亀田誠治の手腕、懐メロにはならない松本隆トリビュート「風街に連れてって!」  7月16日は松本隆の誕生日。トリビュートアルバム「風街に連れてって!」も好評!

松本隆トリビュートアルバム「風街に連れてって!」リリース!

松本隆の作詞家生活50周年を記念するトリビュートアルバム『風街に連れてって!』が7月14日にリリースされた。

いち早く先行配信された「君は天然色」をカバーした川崎鷹也を初め、YOASOBIの幾田りら、GLIM SPANKY、Daokoなど若いサブスク世代の支持を集めるアーティストから、長いキャリアからプロフェッショナルな味わい深さを打ち出している宮本浩次、クレイジー・ケン・バンドの横山剣といったバラエティに富んだ顔ぶれが集結。

様々な音楽性を持ち合わせたアーティストたちが、「風街」という松本隆の原風景に潜む悠久の時間の中で育まれた独特の世界観をどのように打ち出していくのか… が、このアルバムの大きな意義だったと思う。

サウンドプロデュースは亀田誠治、オリジナルに忠実な2021年のサウンド

松本隆のインスピレーションの源である「風街」とは、氏が青春時代を過ごした60年代の青山、渋谷、麻布界隈で都市開発のもと失われつつある原風景を示す。洒脱でありながらどこか懐かしい。めざましく発展をとげていく街中で見落としがちな心の故郷を鮮やかな色合いのリリックで、時には時代を映す鏡として、普遍的なあたたかさを内包させながら、今も多くのリスナーの共感を集めている。

このアルバムに収録されている楽曲を時系列にすると、松本がドラマーとして参加し、キャリアのスタートとされるはっぴいえんどが1971年に発表した「風をあつめて」から1983年、松田聖子のシンガーとしての過渡期にリリースされた「SWEET MEMORIES」まで―― つまり70年代から80年代へ、人々の意識の変革とともに日本の音楽シーンの中で燦然と輝いた松本隆ワールドの軌跡でもあるのだ。

“記憶を上書きする”という言葉がある。これは、印象深いできごとが時間の経過と共に脳内で熟成され、人生に欠くことのできない残像となっていくことだと僕は捉えている。このアルバムを聴くと、子どもの頃に聴いた馴染みのあるメロディや心に彩りを添えたフレーズが2021年の現在にオーバーラップしてゆく。そしてこれは「懐かしさ」というひと言では語れない音楽の普遍性を力強くアピールしていた。

そこにはサウンドプロデュースを担った亀田誠治の役割が非常に大きい。全編を通じ、当時の楽曲のイメージを損なわず、今の時代を生きる人々の心象風景に響く数々のギミックが施されている。抑揚的なアレンジ、それぞれのアーティストの個性を熟知した楽器編成など、オリジナルに忠実でありながら、2021年現在のサウンドとしてのクオリティを感じずにはいられない。これがプロの成せる技である。

B’zがカバー、桑名正博の大ヒット曲「セクシャルバイオレットNo.1」

ここで興味深いのは、B‘zがカバーする桑名正博の大ヒット曲「セクシャルバイオレットNo.1」だ。水彩画のように淡い印象が多い収録曲の中で、この曲だけが都会の雑踏のネオンのような色彩を放っていた。

筒美京平氏が作曲を手掛け、ディスコ調のメロディと、松本隆の世界観とは少し印象がかけ離れたぎらつき感じもある曲だが、今B’zがリメイクしたこの曲は、ギラギラした欲情の中に隠された “哀愁” がリアルにひしひしと伝わってくる。

この哀愁とは言うまでもなく、松本隆のリリックに潜む “男女の心の交錯” だ。70年代のディスコサウンドを基盤としながらも、彼らのハードロックテイストが加味され、骨太な印象を残す。このアルバムの中で大きく傾向が異なる1曲であるが、この曲を中盤に持ち込んだことで、アルバム全体の深みがグッと増し、立体的な輪郭がクッキリと浮かび上がってくる。

当時、ギターの松本孝弘が桑名のバックバンドでこの曲をプレイしていたという逸話も格別だが、そうした経験を礎に、今どのように自分たちの持ち味を響かせるか… といった視点は、まさに熟成された “記憶の上書き” と言ってもいいだろう。

現在とあの頃を行き来する時間旅行「風街に連れてって!」

また、「夏色のおもいで」を歌う吉岡聖恵の陽だまりのような朗らかさ、池田エライザの女優然とした、薬師丸ひろ子の解釈を超越した存在感の「Woman “Wの悲劇”より」も、GLIM SPANKYの深い夜が似合うブルージーな色合いの「スローなブギにしてくれ(I want you)」も、巧な職人芸ともいえる横山剣のソウルフルな歌いっぷりの「ルビーの指環」も、「風街」というフィルターを通して “あの頃の景色” をオーバーラップさせてくれる。

―― そう、「風街」を起点としたリリックの数々が、時代を超えて僕らのもとに届く。そんな印象のトリビュートアルバムである。

このアルバムを通じ僕らは風街にたどり着いたのだろうか? 答えはもちろん “YES” である。それは、ラストに収録されたMAYU・manaka・アサヒ(Little Glee Monster)が奏でる「風をあつめて」にたどり着いた時強く感じると思う。

 風をあつめて
 風をあつめて
 風をあつめて
 蒼空を翔けたいんです…

若き日の松本隆が「風街」の叉路に立ち眺めていた風景の残像が…
今も消えてなくなりそうだけど、人々のこころの片隅で決して消えない普遍的な言葉が…
―― このアルバムの終着駅だった。風をあつめて僕らは時を超え、風街にたどり着くのだ。

『風街に連れてって!』―― それは現在とあの頃を行き来する時間旅行のようなもの。旅先案内人である参加アーティストとプロデュースを担う亀田誠治の手腕によって、僕らは時を超えることができたのだ。

カタリベ: 本田隆

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