北朝鮮で海外事情伝える違法な「情報誌」拡散…当局緊張、大々的に調査

旧共産圏の国や全体主義国家では、プリンター、印刷機などの個人所有が制限されていることが多かった。理由は単純だ。反政府ビラや、政府が禁じる出版物の印刷に使われかねないからだ。「サミズダート(地下出版)」が大々的に行われていた旧ソ連がその代表だろう。そんな規制の残る数少ない国が北朝鮮だ。

デイリーNK編集部の取材によると、昨年12月の最高人民会議常任委員会第14期第12回総会で採択された「反動的思想・文化排撃法」は、国外からの印刷機の持ち込みと利用を厳しく制限している。同法34〜38条は、違法な印刷物の制作、違法な印刷機の持ち込み、未登録での使用などに対して、労働教化刑(懲役刑)または、150万北朝鮮ウォン(約3万3000円)以下の罰金刑に処すと定めている。

北朝鮮当局は最近、印刷機を保有している機関に対する検閲(監査)を行っている。その背景には、当局にとって都合の悪い情報を伝える「情報誌」が大量に出回っていることがある。

平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、保衛部(秘密警察)が先月から、印刷機を所有している貿易会社を対象に検閲を行なっていると伝えた。そのきっかけは、上述のような「情報誌」の印刷が摘発されたからだ。

昨年1月にコロナ対策として国境が封鎖され、貿易ができなくなり、各貿易会社は苦境にあえいでいた。今年4月にようやくワック(輸入取扱い枠)の新規申請が始まったものの、貿易の正常化には至っておらず、違法行為に手を出す貿易会社が後を絶たないのが実情だ。

そこで思い立ったのが、所有している印刷機の活用だ。個人に貸し与え、使用料を徴収することにしたのだ。稼働できない国営工場が、敷地や施設を製品の生産を行いたいトンジュ(金主、新興富裕層)に貸し出すのと、同じ理屈だ。

ところが、印刷機を借りた人が印刷していたのは、北朝鮮国内で飛び交う噂や、海外から入ってきた情報が記された情報誌だったというわけだ。北朝鮮の人々は情報に飢えているだけあって、情報誌は飛ぶように売れたことだろう。中でも海外ニュースは非常に需要が高かったという。

「最近、コロナ防疫を目的にした国境封鎖が長引き、国に対する人々の不満が相当に大きい」(情報筋)

「海外情報を伝える情報誌が出回っている」そんな情報を察知し、放置すれば人々の批判意識が高まりかねないと危機感を抱いた保衛部は、貿易会社や写真館に対する大々的な検閲に乗り出したというわけだ。保衛部は、当局に登録されていない印刷機を保有または使用した事実の有無、目的に合致しない使用などについて調査を行っている。

検閲の余波で、業務上必要な場合でも、印刷機が使用できないケースが出ている。中国の情報筋によると、北朝鮮で必要とする物品やその数などをファクス複合機でやり取りしていたが、保衛部の検閲で注文が送れなくなったというのだ。

海外情報の流入と言えば、印刷物以上に、USBメディアやSDカードによる映像の持ち込み、さらには海外のテレビやラジオの受信によるものが多い。両江道(リャンガンド)の別の情報筋によると、非社会主義・反社会主義現象(風紀を乱す行為)を取り締まる連合グルパ(取り締まり班)が先月中旬から現地で活動を再開、取り締まりを強化している。

韓国に脱北した家族がいる人たちや、両者をつないで送金を手助けするブローカーへの取り締まりと合わせて、チャンネルが変えられないよう固定されたテレビやラジオの封印を解き、韓国や中国の延辺朝鮮族自治州のテレビ、ラジオを受信する行為への取り締まりも強化しているとのことだ。

ただ、違反者をいくら見せしめに処刑しても、流入はとどまることを知らず、取り締まりが緩和されれば、元の木阿弥となるだろう。

当局の懸念は、都合の悪い情報だけにとどまらない。偽造紙幣だ。実際、今回の検閲で、印刷機を違法に購入し、北朝鮮ウォン紙幣を偽造、市場で使用した容疑で40代男性が摘発されている。

男性は非公開で処刑されたと伝えられている。偽造の規模はさほど大きくなかったとのことだが、実際にどれほど流通しているのか、同様の事例が他にもあるのかなど、調査が続いているとのことだ。

北朝鮮は、100ドル紙幣や、100元紙幣の偽造を行っていたことで悪名高いが、それらに比べて価値の低い自国の紙幣でも、偽造されることには敏感な反応を示すようだ。

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