【中原中也 詩の栞】 No.28 「木蔭」(詩集『山羊の歌』より)

神社の鳥居が光をうけて
楡の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木蔭は
私の後悔を宥めてくれる    

暗い後悔 いつでも附纏(つきまと)ふ後悔
馬鹿々々しい破笑(はしょう)にみちた私の過去は
やがて涙つぽい晦暝(かいめい)となり
やがて根強い疲労となつた     

かくて今では朝から夜まで
忍従することのほかに生活を持たない
怨みもなく喪心したやうに
空を見上げる私の眼(まなこ)―     

神社の鳥居が光をうけて
楡の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木蔭は
私の後悔を宥めてくれる    

【ひとことコラム】 「晦冥」は暗がりのこと。尽きることない悔恨に沈む胸の内で、過去は闇のように重く広がり、今を生きる気力さえ奪っていきます。人気のない神社の境内で、楡の木蔭にわずかな憩いを見いだす詩人。汗ばんだ肌をなでる風や、ささやくような葉ずれの音が感じられる一篇です。   

中原中也記念館館長 中原 豊

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