<社説>琉舞初の人間国宝 女性舞踊家の至芸たたえる

 国指定重要無形文化財「琉球舞踊立方」(各個認定)保持者=人間国宝=として、琉球舞踊真踊流の宮城幸子氏と琉球舞踊重踊流の志田房子氏が誕生する。琉球舞踊の分野では初めて。琉球芸能の分野でも女性は初となる。 琉球文化の技芸を絶え間ない研さんによって磨き上げ、日本を代表する伝統芸能として認定された。両氏に心から祝意を表したい。認定が琉球舞踊の魅力を国内外に発信し、次代に継承、発展させる契機となることを期待したい。

 琉球舞踊は琉球王国時代に士族の生活を題材に生まれた古典舞踊と、明治以後に庶民の生活風景から創作された雑踊に大別される。主に歌三線に合わせて踊り、歌にある情景や人物の心情を表現する。2009年、重要無形文化財に指定された。

 文化審議会は2氏について伝統的な演技技法の体現者であるとし、宮城氏について「卓越した技量を示しているほか、後進の指導・育成にも尽力している」と答申した。志田氏には「古典舞踊から雑踊まで幅広い芸域を保持して卓抜した技量を示している」とし、琉球舞踊の発展と継承に努めていると答申した。

 宮城氏は1951年に琉球舞踊家の真境名佳子氏に師事。羽地村(現名護市)親川出身で、地域を訪ねてきた劇団や実演家の舞台を見たことが芸の道に進むきっかけになった。優美な踊りに定評がある。

 志田氏は1940年、3歳で琉球舞踊家の玉城盛重氏に師事。盛重氏の流れをくむ真境名佳子、玉城盛義、島袋光裕の各氏や、女踊の名手・田島清郷氏ら複数にも師事し、幅広く洗練された表現力を身に付けた。

 県内の人間国宝は、これまでの13人(うち4人は物故により現在は解除)で、芸能分野は8人認定されている。

 沖縄の芸能界からの人間国宝は地謡が多く、立方である舞踊は遅れていた。沖縄の芸能界から最初の人間国宝は琉球古典音楽の照喜名朝一氏と故・島袋正雄氏で、登録は2000年。それから21年を経て、共に伝統の継承に努めてきた琉球舞踊にようやく光が当たった。

 琉球舞踊保存会顧問の宜保榮治郎氏は「舞踊家の層が厚く人選が難しかったことにあったと思われる」と見る。

 琉球芸能は、琉球王国の時代には士族が担っていたが、やがて女性たちが活躍するようになった。明治政府による琉球併合と沖縄戦で消失の危機に直面しながら、先人たちが後進たちに引き継いできた。宮城氏、志田氏と同じ戦後の混乱期に、多くの優れた女性舞踊家が誕生し、琉球舞踊を支えてきた。

 県芸能関連協議会の玉城節子会長が「女性でも人間国宝になれると、女性舞踊家にとって希望のともしびになった」と喜ぶように後進らの道しるべとなる。今回の認定が次の担い手たちの躍進につながる原動力になってほしい。

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