芳本美代子 アイドルから舞台人、そしてユーチューバー!自然体で挑み続ける「みっちょん」の“野望”

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若々しさは今も変わらない

【直撃!エモPeople】1980年代アイドルから舞台人、そして――。80年代アイドルの中でも全盛期といわれた85年デビュー組の中で、今も変わらず“みっちょん”として、新境地に挑み続けている芳本美代子(52)。離婚を経て、育て上げた愛娘は成人を迎え、ひと区切り。ライフワークの舞台、ドラマのほか、ユーチューバーとしても珍発想と自然体でファンを楽しませている。

芳本は1990年、ミュージカル「阿国」でアイドル歌手から演劇界へ活躍の主軸を移した。

「最初は先輩方の前でお芝居するのが怖くて、稽古場に着いた車から出られず、マネジャーに手を引っ張られて連れていかれてました」というが、千秋楽を迎えるころには天職と思えるようになっていた。

同作でゴールデン・アロー賞演劇新人賞を受賞。以後、舞台に情熱を注ぎ、古田新太らの劇団☆新感線の「髑髏城の七人」などを好演。2009年には後輩俳優で結成した劇団の旗揚げ公演で演出を務めるまでになった。

だが、昨年のコロナ禍で公演は中止や延期となり途方に暮れた。

「落ち込みましたね。舞台に立ってなんぼの私たちの仕事って何だろうって。それでも、少しずつでも発信して元気なところを見せていかないとと思ってユーチューブを始めました。年末には30年ぶりの歌のライブも配信しました」

ユーチューブ番組「みっちょんINポッシブル」は自身が企画・演出・出演で自然体そのもの。ファンの質問に答える回や、模型パーツ付きマガジン「デアゴスティーニ」のスカイラインGTRを老眼鏡をかけて作るなど、飾りっ気はない。

「今後は、亡くなった父がカラオケ教室で歌っているカセットテープが見つかったので、それを流しながら私が激辛焼きそばを食べるとか、21歳で抜いた八重歯がきれいに残っているので出してみようかとも思ってます」と元アイドルらしからぬ奇抜な発想も明かした。

もともと不思議な素養があった。3姉妹の次女で小学生のころ「家族そろって歌合戦」(TBS系)に3姉妹で出場し、自分だけが大手プロダクションの音楽教室が習い事に。「そのころには東京の高校に行って歌手デビューできるんだろうなと予想していた」という。

85年デビュー組といえば、中山美穂、南野陽子、斉藤由貴、井森美幸など、そうそうたる顔ぶれがそろうが、芳本はアイドル時代から実は異質だった。

「恋愛はもちろん『パーマやピアスもダメ』『破れたジーパンははくな』『シミーズがはみ出たようなファッションはするな』と制約が多かったんですが、周りのオジさんたちに『それ古い』と説明して打ち破ってきた。反骨精神はありましたね」

その肝っ玉を見抜かれたのか、のちに昼ドラ「ママまっしぐら!」(00~02年)では主演の元レディース暴走族のヤンママ役をシーズン3まで全105話を演じることになる。実生活では01年に出産し、撮影現場に連れていっていた長女は大学生となり、今年20歳を迎えた。

「娘が2歳のとき、おばあちゃんと留守番してて、テレビで私が子役の子と演技するのを見て、うらめしそうな顔をしていたそうです。大きくなって聞いたら、その時、自分が怒っていた感情を覚えているって。小学校低学年のころには、下校中に高学年の子たちに『ここ芸能人の家らしいよ』と自分の家を指さして、予防線を張ってたそう。でも、バイバイした後は普通にドアを開けて帰宅したと聞いて笑ったり。子供ながらにいろいろあったんだなぁと思いますね」

俳優・金山一彦(53)とは13年に離婚。金山は大渕愛子弁護士(43)と再婚した。芳本も16年に同じ年の一般企業勤務の男性と再婚している。

「離婚は正直きつかったですが、小学生だった娘が受け入れてくれて助けられました。私を力強くしてくれた点では娘の存在は大きいですね」

そう言いつつ、今後を聞くと「死ぬまでにやりたいことは坊主頭、田んぼとかで全身どろんこになること」なんだとか。永遠のいたずらっこのような目を輝かせた。

☆よしもと・みよこ 1969年3月18日生まれ。山口県出身。85年、同事務所の石川秀美の妹分として、シングル「白いバスケット・シューズ」でデビュー。「青い靴」「雨のハイスクール」などがヒット。90年、ミュージカル「阿国」でゴールデン・アロー賞演劇新人賞受賞。96年、俳優金山一彦と結婚。2001年、長女出産。09年、劇団アクターズマップ旗揚げ公演「宇宙旅館」で初演出。13年、離婚。16年、同じ年の一般男性と再婚。出演情報=舞台「モデルドリームズ」(8月28、29日、愛知県芸術劇場)。