ニュージーランドから東京に届く、応援の「振動」 コロナ禍の五輪、プラスの経験に

 東京五輪開幕まであとわずかとなった。昨年コロナによるロックダウンでトレーニングや体調調整に苦労した分、選手にとってニュージーランド代表に選ばれた喜びは大きい。出場が決まったときの笑顔や、意気込みを元気に語る姿に、コロナ禍に生きる私たちは希望と前向きなエネルギーをもらってきた。

 ニュージーランドオリンピック委員会(NZOC)は政府と協力し、競技に集中できる安全な環境を選手に提供している。ホスト国である日本にコロナの影響をもたらさないようにと、万全の対策を講じ準備を整えてきた。また、日本に行けないサポーターには、ニュージーランドからでも応援を選手に届けられるデバイスやアプリが用意され、感動を共有する仕掛けも万全だ。

 選手とともに、政府もサポーターも、コロナ禍の五輪をポジティブな経験にしようとしている。その取り組みを紹介したい。(ニュージーランド在住ジャーナリスト、クローディアー真理=共同通信特約)

ニュージーランド・チームはシダの一種シルバーファーンをシンボルとして五輪に参加してきた。100年の歴史を語るドキュメンタリー映画「ワンファーン100イヤーズ」が2020年11月2日に初公開され、先住民マオリの歌も披露された。(ゲッティ=共同)

 ▽ワクチン接種、前倒しで

 大々的なキャンペーンを行いワクチン接種率を着実に上げた国があるのに比べ、ニュージーランドの接種状況はかなり遅れている。国民を4グループに分けて順番に接種している。保健省のデータによれば、7月6日現在、1回目を済ませた人は約18・3%、2回済ませた人は約12%だ。

 しかしグループの順番とは関係なく、早く接種できる例外措置もとられている。その一つが「国家的重要性を帯びている」場合だ。クリス・ヒプキンズ新型コロナウイルス対応担当大臣は3月24日、五輪選手や、重要な試合で国の代表チームの一員として活躍する選手などが「国家的重要性」に当たると発表した。

 東京五輪参加選手への接種は4月14日に始まった。17日には、砲丸投げで過去2回金メダルを獲得し、国民的人気があるデーム・バレリー・アダムズ選手が満面の笑みをたたえ、1回目の接種を受けるところが各媒体で紹介された。ラジオ・ニュージーランドの取材に、アダムズ選手は「接種を受けるかどうかは最終的に選手個人の判断に任されている。でも、チームの安全を守るには、必要だと考えている」と話した。国際オリンピック委員会(IOC)、NZOC共にワクチン接種を義務化していないが、7月5日に放送されたテレビジョン・ニュージーランドの時事問題番組「セブンシャープ」によれば、211人いる代表選手の98%がワクチン接種を受けた。

ワクチンを接種した砲丸投げのデーム・バレリー・アダムズ選手(ゲッティー=共同)

 ▽選手団には唾液検査

 IOCは、7月1日以降に日本に入国するすべての国・地域の代表選手団に対し、出発前の96時間以内に2度の検査を受けることを求めている。そのうちの最低1回は72時間以内に受け、陰性検査証明書を取得する必要がある。

 ニュージーランドの代表選手とスタッフ全員となると、検査総数は1000以上になる。ニュージーランド国内では鼻咽頭検査が主流だが、この数を、鼻咽頭検査で対応するのは時間や労力の面で難しい。NZOCは迅速で高精度な情報を得られる唾液検査を採用した。ニュージーランド国際認定機関(IANZ)による認定を受けた医療検査機関が陽性かどうか判定する。

 ▽手指消毒剤は1トン

 4月の最終週には、選手団が使用する機材や備品などを積載した長さ40フィート(約12メートル)のハイキューブコンテナ2基が船で東京に向かった。コンテナには1500品目に及ぶ物品が収められているという。

 マスクは7万枚近く、手指消毒剤は1トンを用意。コロナ前には一番の懸案事項だった、日本の蒸し暑さに対処するためのアイテムも忘れていない。従来であれば日本滞在中に外出して買い求められるが、コロナ禍ではそれもままならない。必然的に持参するアイテムの数は増えてしまう。さらに、スポーツの遠征時には欠かせない、ニュージーランドならではの食ベ物や、けがの治療に使用するものも収められた。

 厳格な手続きと、安全衛生ガイドラインを守るのは、参加チームの義務だ。NZOCの最高責任者ケレン・スミスさんが最も重きを置くのは、ニュージーランド代表選手団と日本国民の健康と安全だそうだ。選手団が日本にもたらす影響を最小限に抑えるために、できる限りのことをしているとスミスさんは話す。

五輪マークのモニュメント。奥は国立競技場=東京都新宿区

 ▽「応援のパルス」

 3月21日、海外からの一般観客受け入れ断念のニュースに、スミスさんは大きな落胆を表明した。東京入りしてニュージーランドチームを観客席から応援しようとしていたニュージーランド人サポーターの声を代弁したものだ。しかし、海外からの観客がコロナの感染を広める恐れがあるという理由には理解を示した。

 とはいえ、ニュージーランドの選手たちにとって、観客席で友人や家族、ファンらが見守っていることは重要だ。例えば、自転車競技でリオ五輪銀メダリストのサム・ウェブスター選手は「観客やサポーターが放つエネルギーを感じ取って、選手として成長してきた」と話す。

「ANZサポートバンド」。スクリーン上のシダをタップすると、東京にいる選手に応援が届く

 東京に行けなくても、そのエネルギーを選手に届けられないか。そこで注目を集めているのが、遠くからでも選手を応援することができる「ANZサポートバンド」だ。現役の五輪選手、パラリンピック選手の意見を取り入れて開発された。Bluetoothを搭載したリストバンドで、選手、サポーターそれぞれが着用する。サポーターがタップすると、選手に「応援のパルス」が送られる。選手のバンドがパルスを受信すると、バンドが振動し、応援されていることが分かる。振動した回数を表示することもでき、どれだけの応援を受けているかも分かるというものだ。

 実はこのバンドは引く手あまたとなり、在庫がなくなってしまったそうだ。しかしバンドが手に入らないからといって、サポートを諦めることはない。スマホ用のアプリもあるからだ。「NZチームアプリ」をインストールし、バンド同様タップすれば選手に応援が届く。

「ANZサポートバンド」がなくても、スマホにアプリをダウンロードすれば、遠くからでもニュージーランドの選手を応援できる。応援は画面中央部のシダをタップするだけ=クローディアー真理撮影

 7月12日、東京に4回目となる緊急事態宣言が発令された。8月22日までで、オリンピック開催期間と重なる。ほとんどの会場で、日本人観客すらいなくなる。しかし、ニュージーランド選手団の意志は揺るがない。遠くニュージーランドからの応援をリアルタイムで振動として感じながら、良い記録を出し、私たちに喜びを分けてくれるに違いない。

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