路面電車の小さな物語 心地よさと、温かさと

乗り間違えた修学旅行生に気遣い

©株式会社長崎新聞社

市民の生活に根付いた路面電車=長崎市内(濵崎武撮影)

 6月下旬の昼下がり。久しぶりに長崎市内まで出てきた。新地町での用事を済ませた諫早市の主婦、彩子さん(42)=仮名=はJR長崎駅へ向かうため、「新地中華街」停留所から路面電車に乗った。

 ガタンゴトン-。運転士席に近い場所に座り、心地よい揺れを感じ始めてすぐのこと。

 同じ停留所から水色の制服を着た女子高生3、4人が乗車していた。話しぶりからおそらく修学旅行生だろう。彩子さんの近くに立っていた彼女たちが急にソワソワしだした。

 財布を手に標準語の会話が聞こえてきた。「100円しかない」「30円はあるよ」「やばい、降りられない…」。運賃は130円。どうやら乗る電車を間違ったことに気づき、すぐに降りようとしたが、小銭がない様子。彩子さんが両替機の存在を教えてあげようとした、その時だった。

 中年女性が彼女たちの後方からすっと現れた。彼女たちに起きたことを察しているようだった。

 女性が男性運転士に声を掛ける。「この子たち眼鏡橋に行くつもりだったのに間違って乗ってしまったみたい。反対行きに乗り換えていいかしら」

 運転士はすぐに状況を理解し、次の停留所でドアを開ける。「どうぞ」。支払いは求めず、すっと降車を促した。焦りで不安そうな女子高生の表情が一転、笑顔がはじけた。中年女性はいつの間にかその場を離れていた。

 普段、路面電車に乗らない彩子さんは目の前で起きた一連の出来事に驚いた。他人の困り事を察して手を差し伸べる女性、降車に快く応じる運転士、周りの乗客も当たり前のように受け入れている。「長崎って優しい。彼女たちにとって、いい思い出として記憶に残ってくれたらいいな」

 わずか数分の出来事。ガタンゴトン-。彩子さんは温かい気持ちになって、長崎駅へと向かった。
     ◆
 「長崎では当たり前の事なんでしょうか」。県民性の素晴らしさに感嘆したエピソードとして、長崎新聞の情報窓口「ナガサキポスト」のLINEに投稿された。

 路面電車を運行する長崎電気軌道(長崎市)は「乗り間違える観光客は多く、普段からよくあること。マニュアルはなく、各運転士には臨機応変に対応するよう求めています」。(熊本陽平)