<金口木舌>記念の大会に

 夏の甲子園は5回刻みの節目の大会で県勢が活躍することが多かった。1958年、首里の初出場が40回大会、初勝利が63年の45回。68年の興南旋風は50回大会だった

▼記念大会で出場枠が増えることもあっただろう。九州での予選がなくなって以降も豊見城の3年連続8強入りが60回と不思議と重なることも。ただ、それ以外の年の代表校の活躍も華々しいものがある

▼群雄割拠を思わせる今回の選手権沖縄大会だった。「国場の川の果てしなく」の校歌を中継で聞きたいという人もいたのではないか。強豪校を次々と撃破して33年ぶりに4強入りを果たした豊見城だった

▼選抜出場の具志川商を破って準決勝に進んだのは知念。母校を率いる照屋拓己監督は父則一さんも知念高出身で、監督を務めた。二代目の指揮官が果たした実に39年ぶりの4強入りにOBは沸いた

▼準優勝の中部商は米須武瑠投手がバットに空を切らせるさまが爽快だった。野球を見る面白さを再認識させてくれた。ピンチにも明るいマウンドの表情が2年ぶりの大会を物語っているようでもあった

▼優勝を決めた沖縄尚学は9回目の夏の甲子園で、興南の12回に次ぎ、沖縄水産の出場回数に並ぶ。春を合わせた県勢の甲子園通算成績は現在99勝83敗。節目を刻む記念の大会としてほしい。何よりも敗れた球児の分も思い切りプレーしてもらいたい。

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