「平和の尊さ感じて」 戦地からの手紙 初公開へ 軍医の父が残した思い

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作戦を終えて帰還する列車の中の様子を描いた手紙。戦いには勝ったが、兵隊たちは疲れて眠っている。顔は日に焼け、ひげは伸び、服が破れていることを伝えている

 長崎県諫早市出身で、ニューギニアで戦死した陸軍軍医が生前、戦地から家族に宛てた手紙やはがきが、市ホームページ(HP)で26日から初公開される。市美術・歴史館(東小路町)も8月7日から同22日まで企画展「追憶-戦地からの手紙-」で紹介する。遺品を市に寄贈した遺族は「人の命を奪う戦争の悲惨さ、平和の尊さを感じてほしい」と願っている。
 手紙などを残したのは大塚格(いたる)さん。長崎医科大(現在の長崎大医学部)を卒業後、看護師だった綾子さん=2014年、99歳で死去=と結婚。1939年、陸軍軍医として出征し、44年12月22日、ニューギニアで戦死した。37歳だった。
 長男梓さん(84)=同市小豆崎町=が昨年春、自宅で綾子さんの遺品を整理中、計386通を保存したアルバムなどを発見。手紙やはがきには、色鉛筆で写生した戦地の様子も添えられていた。
 「梓ちゃん あまり泣かないで下さい。笑ってばかり居なさい」(入隊した39年11月12日付)、「おばあちゃん!御容態は如何ですか!(中略)おばあちゃんの為に心から祈って居ります」(40年4月18日付)-などと、古里の家族を思いやった格さん。現在の中国山西省で作戦を終えて帰還する列車内の兵隊の様子を描いた手紙(42年2月28日付)、「バクゲキキガ 日本ノセントウキニウチオトサレ パット火ヲ噴キマシタ ソノトキ一名ノアメリカヘイハ カラダガハンブンニチギレタママ ラッカサンデトビオリテキマシタ」としたはがき(43年8月26日付)などが、戦争の過酷さ、悲惨さを今に伝えている。
 HPではこれらの遺品や、国から届いた格さんの死亡報告はがきなど計12点を、現物の写真や梓さんの説明を交えながら紹介する。市美術・歴史館の企画展では100点以上を展示する。
 格さんが出征した時、梓さんは2歳。格さんは42年夏、一度外地から戻り、1カ月間自宅に滞在した。この時、格さんと遊んだことが梓さんにとって唯一の父親の記憶という。梓さんは「手紙などを通じて父をそばに感じることができた。戦争がなければ、多くの人が家族と笑顔で暮らせたと思う。(HPや企画展で)平和について考えてほしい」と話した。

父が残した戦地からの手紙を見詰める大塚さん=諫早市美術・歴史館