2人の「父」に誓うメダル ハンドボール女子日本代表・永田選手「天国で見守って」

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ハンドボール女子日本代表の永田しおり選手(左)と県協会前会長の島田俊郎さん=2019年7月(県ハンドボール協会提供)

 「絶対にメダルを取る」。東京五輪ハンドボール女子日本代表の永田しおり(33)=オムロン=は、2人の「父」との約束を胸に、競技人生を締めくくるコートに立つ。

 2011年の代表入りから、守備の要として日本をけん引。16年のリオデジャネイロ五輪は最終予選に敗れ、出場できなかった。心が燃え尽きたと感じ、代表を退くつもりだった。

 ただ、19年には熊本で世界選手権、その翌年は東京五輪。ともに自国開催枠がある。二つの大舞台を控え、日本代表は永田のプレーと経験を求めた。悩んだ末に出した答えは代表続行。両大会を戦い抜くと決めた。

 世界選手権招致に力を注いだのが、県ハンドボール協会前会長の島田俊郎さんだった。国際連盟や各国関係者と交流を深め、開催に道筋をつけた。大会を無事に終えた直後の昨年1月、77歳で急逝した。

 温和で人懐っこい人柄で、わが子のように見守ってくれた。「私にとって、もう一人の父」。日本代表の愛称「おりひめジャパン」にちなみ、島田さんは選手たちから「ひこ星俊郎さん」と親しまれた。

 世界選手権は10位に終わり、目標のメダルに届かず。永田は、生前の島田さんに約束した。「オリンピックではメダルを取って、首にかけてあげます」。「楽しみにしとるよ」と目を輝かせて応じたという。3週間後、武者修行先のデンマークに島田さんの訃報が届いた。帰国後、遺影に手を合わせ、約束を守ると誓った。

 実父の学さんが69歳で亡くなったのも、同じ武者修行中だった。競技に集中させたい家族の意向もあり、一人娘が知ったのは亡くなってから約2カ月すぎた帰国後だった。

 学さんは脳梗塞で長らく入院生活を続けており、「覚悟はできていた」という。デンマークに渡る直前、面会した時は「オリンピックに人生を懸けているから今やるべきことをやる。何があっても帰って来ないよ」と伝えた。幼い頃から背中を押してくれた父は、小さくうなずいた。「行ってこい」と声が聞こえた気がした。

 応援してくれた2人の父に感謝の思いは尽きない。永田は「天国からニコニコしながら見守ってくれる。私は目の前の一戦に集中するだけ」。日本の1次リーグ初戦は25日。熊本で世界女王となったオランダを相手に奮闘を誓う。(後藤幸樹)