天然記念物指定100年 「生物多様性」の象徴〈生きた化石の今 アマミノクロウサギと世界遺産①〉

南島雑話に記されたアマミノクロウサギの挿絵(奄美博物館所蔵)

 奄美大島と徳之島にのみ生息するアマミノクロウサギは、現存するウサギの中で最も原始的な姿を残した生きた化石だ。今年、国の天然記念物指定100年を迎え、「奄美・沖縄」の世界自然遺産登録も7月下旬に迫る。山林開発や外来種による捕食で絶滅が危ぶまれながらも生き延びてきたクロウサギを通して、希少野生生物の保護と共生を考える。

 「大島兎(うさぎ)は耳短くして倭(わ)の兎にやや異なり猫に似る」-。

 幕末の1850年から5年間、奄美大島に流された薩摩藩士の名越左源太(1819~81年)は、島の自然や風俗を記した「南島雑話」で、本土と異なる特徴を持つウサギを紹介した。アマミノクロウサギだ。

 1896(明治29)年、米国の人類学者ファーネスが奄美大島を調査で訪れ、標本を採集。その4年後、米国のウサギ分類学者ストーンは論文で新種と発表する。黒い毛に覆われたウサギは欧米で知られるようになった。

 生息数の少なさや新種と発表されたことから、1921(大正10)年、奄美固有種のルリカケスなど36種とともに国内初の天然記念物に指定された。

■固有種の宝庫

 実は奄美群島がユーラシア大陸と陸続きだった約1000万年前、アマミノクロウサギの祖先は大陸に広くすんでいたとされる。地殻変動で大陸と切り離されたのが200万年前。大陸の生物が新たな捕食者の登場や気候変動で絶滅していった一方、島に閉じ込められた生物は天敵から免れ、太古の姿を今に残すことになる。

 アマミイシカワガエル、アマミスミレ、トクノシマトゲネズミ…。奄美大島には861種、徳之島には284種もの固有動植物が息づく。この「生物多様性」こそが世界自然遺産登録への唯一最大の決め手となった。

 「固有種の象徴がアマミノクロウサギ。世界に誇る島の宝であり、奄美の生物を語る上で欠かせない」。奄美博物館(奄美市)の平城達哉さん(30)は強調する。

■未解明な生態

 本土に生息するウサギと比べ、原始的な姿をとどめ、耳や脚の長さは約半分。爪は鋭く、急斜面をたやすく駆け上がり、巣穴を掘るのにも適している。

 「ピシィー」という甲高い鳴き声も特徴だ。鳴き交わしてコミュニケーションをとるウサギは他にない。その分、外敵に位置を知られてしまい、外来種・マングースや野生化したネコに襲われる一因にもなった。

 徳之島には後ろ足に白い毛が生えた「白足袋」と呼ばれる個体もいる。なぜ白い毛が交じるのか詳しいことは何も分かっていない。

 クロウサギ研究の第一人者で沖縄大学客員教授の山田文雄さん(68)は「研究者も少なく、未解明な点が多い」と言う。山田さんが研究を始めたのが約30年前。それまで生態はほとんど知られていなかった。

■アマミノクロウサギ■
 体長40~50センチ、体重1.3~2.7キロ。年1産1子が多く、ウサギでは少産。休息や子育て用に穴を掘り、2日に1回親が授乳で穴を訪れ、授乳後は入り口を閉じてその場を離れる。世界のどこにも近縁種がいない。環境省レッドリストで近い将来、絶滅の危険性が高い絶滅危惧ⅠB類に分類されている。1963(昭和38)年、特に重要で国を代表する動物として国の特別天然記念物に格上げされた。動物に関する特別天然記念物は21件。

徳之島の一部地域で見られる後ろ足が白いアマミノクロウサギ=徳之島町母間

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