「まさか被害に遭うとは」。大和村のタンカン農家上村太一さん(35)は、2019年12月、植樹して2年目の苗木150本すべてをアマミノクロウサギにかじられた。樹皮に薬を塗って手当てしたが10本は枯れ、植え替えを余儀なくされた。
外来種・マングースの駆除や山林開発の減少などでクロウサギの生息域が広がったことが、農作物被害をもたらしているのだ。
タンカンは出荷できるまで5~7年かかる。樹皮を少しでもかじられただけで生育は遅れ、収入減に直結する。特別天然記念物のため、捕獲も駆除も禁じられている。
徳之島町の吉本勝太さん(67)は「有害鳥獣のイノシシよりやっかい。生産意欲をそがれる」と困惑する。
■割高な防護柵
県はタンカンの被害を17年度から調査し、19年度の被害額は482万円。2年で6.3倍に膨らんだ。18年度からサツマイモのつる被害も報告され、食害の広がりが懸念されている。
国、県、地元自治体は17年、専門家と食害防止の調査研究を始めた。鹿児島大学農学部の髙山耕二准教授(50)=家畜管理学=は県の依頼で電気柵などによる実証実験をしている。効果的な対策は実証できつつあるものの、イノシシ用と比べて単価が高く、目の細かい柵が必要なうえ、離島だけに輸送コストもかさむ。
大和村産業振興課の福本新平さん(42)は「予算には限りがあり、低コストで広範囲を確実に防護できる対策を講じるのは難しい」と明かす。
■島の宝
徳之島町はタンカン農家とクロウサギの共存を模索している。18年度から防護柵の設置費用や、柵や網の整備を手伝ってもらうツアーの財源に、ふるさと納税の寄付金を活用している。20年度は目標額を超える171万円の寄付が集まり、クロウサギの輪禍防止へ啓発看板も設置した。
食害を逆手に、タンカンは「アマミノクロウサギと育ったタンカン」と銘打って販売。箱にはタンカンとクロウサギのロゴマークを付け、ブランド化を狙う。島外の購入者には、農家がクロウサギと仲良くなることを描いた絵本も送っている。
タンカン農園を営む米原稔さん(66)は、町の取り組みに賛同する一人。網で囲った農園の周囲にクロウサギの好物であるセンネンボクを植えている。「閉め出すだけじゃ食べるものがなくてかわいそう」との思いからだ。農園でクロウサギの親子を初めて見たとき、その愛嬌(あいきょう)に怒りは和らいだ。「被害を受けてもクロウサギは島の宝。農園と同じくらい大切に守っていきたい」と話す。