【読書亡羊】習近平に読ませてはいけない! ルトワック『ラストエンペラー習近平』 その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末、もとい、今回は連休書評!

「強大になるほど、戦略的に弱くなる」大国・中国

この夏の課題図書がいよいよ発売。

本誌でもおなじみ、エドワード・ルトワックによる『ラストエンペラー習近平』(文春新書、奥山真司訳)。大国になったことそれ自体は間違いない中国だが、「それゆえに弱点を抱えることになった」とするルトワックの論理は鮮やかで刺激的、あっという間に読み終わってしまう。

中国が「強い大国」となり、自国の力を過信したことで、欧州の各国までを「対中包囲網」に参戦させてしまった現在。

私の考えでは、習近平は「強大になるほど、戦略的に弱くなる」という戦略の逆説(ストラテジック・パラドックス)にはまってしまったのである。

そうルトワックが言う通り、自国の強大さを国際社会にアピールすればするほど、仲間が減っていく中国。「戦狼外交」と呼ばれる強気の広報官は悪目立ちし、一方で習近平がどんなに「世界人類運命共同体」などとアナウンスしても、真の意味での仲間が増えることはない。

国際社会にくすぶる「反米意識」を巧みに利用して「陣営的には同じ側」の国を増やそうとしているが、実際には中国のカネを当てにしているだけで、誰も中国を心から信じてはいないのだ。

前著『チャイナ4.0』(文春新書)で指摘していた中国の問題点と将来予測が、ことごとく当たっていることにも驚かされる。

もちろん中国を警戒する必要はあるが、やみくもに恐れ批判するのではなく、中国のウィークポイントを突く「中国・習近平『つまずき』戦略」を取るべしとする指南は、説得力十分だ

習近平は「被虐待児」

中国共産党が「皇帝化」「毛沢東化」ともいうべき習近平に権力を集中させたことで、習近平自身の弱点が中国そのものの弱点にもなっていることも本書は指摘している。

さらには、「なぜ、毛沢東に失脚させられた父を持ち、自身も文革の嵐に翻弄された習近平が、毛沢東路線を継承するのか」という疑問にも、ルトワックは「被虐待児」という観点から、実に大胆な分析を施している。

詳しくは本書でお確かめ頂きたいが、安全保障の世界だけに閉じこもらず、外交、経済、福祉、心理学的な領域まで見渡しながら論理を展開するルトワックの分析は鋭い。『ルトワックの日本改造論』(飛鳥新社)をはじめとするこれまでの著作でも光っていたが、今回ももちろん健在だ。

日本だけではないのかもしれないが、特に本邦の言論界では「安全保障を語るものは福祉を語らず」「経済を語るものは軍事を語らず」的な棲み分けが存在する。

そうした分断の中にあっては見えてこない視点こそ、ルトワックの著作から得られる最大の恩恵であるともいえるだろう。

AI兵器への軍側の抵抗

第4章、第5章では、「軍事テクノロジーの逆説」を扱う。

中国はアメリカに続いてAI兵器、自律型兵器の導入=知能化を進めている。これに関しては、中国の現役軍人が書いた『中国軍人が観る「人に優しい」新たな戦争 知能化戦争』(五月書房新社)や、同書監訳者である安田淳・慶応大学教授へのインタビュー(下記リンク)などに詳しいが、ルトワックは「AI兵器の逆説」にも言及。

また、「新しい兵器が導入されると、軍の組織改編も生じる。その際、既存の兵器の担当部局が新兵器の導入を拒む」という現象を紹介しているが、一方、『知能化戦争』からは「軍人が率先して『知能化』に言及し、組織改革もやむなしとしている」ことがうかがえるだけに、こうした「軍側の抵抗」が中国にも存在するのか、気になるところだ。

知的興奮に満ちた本書。仮に中国が『チャイナ4.0』を読み、自国の戦略に取り入れていたなら、中国はより強く、恐ろしい存在になっていただろう。本書も、習近平に読ませてはいけない一冊だ。

中国AI軍事革命 #1 「自律型兵器」が尖閣を襲う日梶原麻衣子 | Hanadaプラス

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