内山雄人(映画『パンケーキを毒見する』監督) - テレビではできない政治風刺、縮こまった表現から脱出して面白がらせてやろうぜ!

Twitter社のテンプレ回答は菅政権と同じ

──映画『パンケーキを毒見する』はいつころから構想をされていたのでしょうか。

内山:菅政権ができて直後の9月末あたりから、プロデューサーの河村(光庸)さんが、菅さんの正体をちゃんと暴かなくてはいけないと思ったそうです。ただ、監督がなかなか決まらなかったそうで、7〜8人くらいに断られて11月中旬に僕のところに話しが来たんですけど、そのときは「1人に断られただけなんだよ」って言っていました。だから、7〜8人に断られたなんて聞いたのはつい先日の試写会なんですよ。もちろんその日の夜に、「……で、誰に断られたんですか?」って詰め寄って聞きました(笑)。

──引き受けることにためらいはなかったですか?

内山:このタイミングじゃないと、今後リアルな政権を扱う機会なんてほぼないだろうと思ったんです。同時にこの政権に対する忸怩たる思いもあったし。でも、他の監督が断った理由もよくわかります。この映画は、オリンピックや選挙にぶつけるために7月末のタイミングで上映をすることがほぼ決まっていたんですよ。ということは、10月にオファーが来たとしても撮影期間は半年しかない、ドキュメンタリーとして異例の短さです。しかも、菅さんなんて撮影できるはずもなく、撮れるものがなにかも分からない。だから、その条件で映画は作れないと思ったんだろうなと。僕はテレビの出身なので、「半年しかない」ではなくて、「半年で作るとしたらどうすればいいんだろう」と考えました。そのハードルの高さへのワクワクもありましたね。

──テレビ出身の方ですと余計に、菅政権を扱うことで上映の妨害があるかもしれないという不安はなかったでしょうか。

内山:河村さんが、「『新聞記者』のときには妨害を受けなかったよ」って言ってたんですよ。テレビは放送法や政権への忖度もあるようなので、多分こういったテーマは考えられない感じがします。映画は興行だから妨害を受けたら受けたで逆に盛り上がれるじゃんっていう気持ちもありました。だから、こわさという意味では身のまわりだけきれいにしておこうってくらいですね(笑)。

──ツイッターの凍結は想定内でしたか?

内山:いやいや、そんなことないですよ。最初は偶然、機械トラブルで凍結されたんだと捉えていたんですけど、河村さんが、「実は『新聞記者』のときも凍結されたんだよ」って教えてくれて。いや、妨害受けなかったって言ってたじゃないですか、って(笑)。よく聞いたら映画上映に対する妨害は受けていないってことでした。でも『新聞記者』に続いて2回目となると、Twitter社ってどうなってるんだと故意的なものを感じました。最近、望月衣塑子記者も凍結騒ぎがありましたし。

──結果、映画自体がさらに話題になったのは痛快でした。普段は政治の話しをしない友人からも、「あれってなにがあったの?」って言われました。

内山:宣伝部も正式に抗議をしていたし、僕も、「これは絶対に原因を追求すべきだ!」って自分のアカウントでも書いたんですけど、「こういうのはあまり盛り上げないでください、監督は淡々としていてください」とまわりに言われました。僕は初めてだからワクワクしちゃってたんですけどね。でも、いまだに気持ち悪いのはTwitterってこれだけインフラになっているし、誰でも自由に扱っていいものだと思っていたら、政治的なものに関しては突然凍結をするしその理由は明かさない。それは、圧力や別のチカラという憶測を生むことになります。菅政権と同じですよね。自分たちはなんて脆弱な社会に生きているんだ、と。もし、また映画の撮影ができるならネットの裏側に関して追求したいです。Twitterに限らずインターネットにおいてなんらかの力をかけたい人たちは、どこに付随していて、一体なんのメリットがあるのか知りたい。それは絶対にテレビではできないですからね。

モノを言うニュースキャスターがいなくなった

──新しい元号を発表する一方で、パンケーキを好きな男性をかわいいと思うことへの時代錯誤感を、メディアがもてはやしたことについてどんな気持ちで見ていましたか?

内山:特にテレビに対しては、彼が今までどんな発言をしてどんな人間だったかは描かないのに、なぜまんまとパンケーキ大好きおじさんキャラには乗るのだろう思いました。そのあとの学術会議問題はさすがに問題視をしていましたけど、新聞も含めてメディアの距離がおかしいですよ。菅さんにインタビューをするアナウンサーが、菅さんの言葉を補強したり気を使った聞き方をしたりと、擦り寄っている感じの気持ち悪さですよね。

──テレビで政治に関する追求がしにくくなった、などの変化は感じますか。

内山:それはもう、極端に変わったと思います。ニュースの構造が変わってきて、モノを言うニュースキャスターがいなくなっちゃったんです。これまでは、ジャーナリストからあがってきた筑紫哲也さんがいて、元アナウンサーでも意見を言える久米宏さんや古舘伊知郎さんがいました。今は、古賀(茂明)さんいわく、「テレビは飼い慣らされているコメンテイターしかいない」っていう構図になっているのは6〜7年前くらいからですね。ニュースに限らずお笑いもそうですが、スポンサーに対してや、視聴者が投稿するSNSに対して忖度があるのか、疑問があっても踏み込むことができなくて表現が縮こまっている感じがします。

──映画で古賀さんが、「報ステ幹部に抗議が来た」とおっしゃっていました。菅さんはヤバいなって国民が気がつきはじめたのもその頃ですよね。『報道ステーション』『ウオッチ9』『クローズアップ現代』のように、菅政権が直接テレビ番組に圧力をかけて妨害をする。

内山:古賀さんや前川(喜平)さんみたいに、ちゃんと実名をあげて腰の強い人が言ってくれないことには事実が伝わらないんですよ。左遷されたりクビになった人からも、カメラの前では無理って断られました。今回、答えてくれた人って結局フリーの方々ばかりなんですよね。たとえ新聞記者であろうが組織の側です、新聞社が取材を断ってくることもありました。組織のなかにいるのはなんて弱いんだろう、と感じました。

──菅さんのある意味のすごさは、答弁書の原稿がなくてしどろもどろ回答する姿を見てもなお情がわかないところだなと。普通はそういう弱さが垣間見えるとなにかしら思うところがあるものですが、菅さんの場合はまったくそれがない。映画を制作しているなかで、菅さんまたは与党への印象の変化はありましたか。

内山:どんどん怒りがたまるばかりでしたね。たしかに最初のころの菅さんって、まだなんとか質問に答えようとしている場面もあったんです。ただ、あくまで推測ですが、今年に入ってからまわりの人が「もう喋らないほうがいいですよ」って言ったんだと思います。ある時期からはもう決まった答弁書しか答えないし、なにを聞かれてもいけしゃあしゃあと同じことしか言わないし、困った様子すら出さない。会話のキャッチボールにもなっていない。もっとタチが悪くなっているのでがっかりします。

──そこは安倍政権よりもこわいですよね。安倍さんは、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」とかポロっと本音が出ますが、菅さんはそういうところが全然なくて。

内山:房長官時代も結局は決まった答弁書を話すか、「それは該当に当らない」と切り捨てる印象でした。総理ならばこんな非常事態に「国民に伝えるべき言葉」があってしかるべきですが…ないんですよ。安倍さんは、俺が俺が!というタイプだし、良いか悪いかは別にして「憲法を変えてこういう日本にしたい」っていうビジョンがあった。菅さんはそれが「全く無い」って多くの取材者が揃って語ります。なにがしたいとかどういう国にしたいとかではなくて、目先の人気回復用の政策で取り繕って、ただ自分の権力を守りたい人という印象です。それで合理性のない判断をしてしまうから辻褄が合わなくて、国会でもなにも答えられない。安倍さんと菅さんは人間のタイプが全く違いますよね。

──botのような返答しかしない国会を見ていると国民は諦め待ちをされているのだなと感じますが、上西(充子)教授の答弁へのツッコミが字幕で出ることで気が滅入らず見ることができました。ブラックコメディタッチにするというのは最初から予定されていたのでしょうか。

内山:僕はバラエティー出身だから、たくさんの人に見てもらうために多少なりとも笑える箇所を用意したかったんです。ガチガチの政治ドキュメンタリーというお堅い感じにはしたくなかった。上西さんとも、「笑える部分を探しましょう!」と打ち合わせをしたんですよ。政治でも笑えることを伝えられれば、見方や興味の持ち方が変わるわけですから。例えば国会質疑のヤジって、NHKの国会中継だと全然聞こえないんですよ、だからかなりボリュームをあげて、テロップでの補強や、上西さんの解説のおかげで「これは言っちゃダメだろ〜」って笑えたんです。あとは、アニメをはさむことで閑話休題じゃないですけど気持ちを切り替えられるかなと。

──いわゆる『サウスパーク』的な風刺アニメは日本では全然見られないなと思っていたので、こういうものが見たかった!と興奮しました。

内山:風刺をするっていうこと自体がテレビにはなくなってきたから、この映画で表現したかったんです。僕は宮武外骨の「滑稽新聞」やモンティ・パイソンが好きなので、そういう要素を入れかったんです(笑)。あと僕自身が、「記憶にござません」とか、「個別の案件にはお答えできません」って先生にシレッという生意気なガキだったので、今の子供たちにも、「大人にこんな迷惑かけてみたら面白いぞって」けしかけたくて(笑)。

政治が原因の不条理な状況はあなたのせいではない

──音楽の三浦(良明)さんとストレイテナーの大山(純)さんはすぐに引き受けてくださったんですか?

内山:これは、音楽的に奇跡のような出来事だったんです!音入れの前日に音楽的なトラブルがあって、もう絶対に間に合わないなっていうピンチがあったんですよ。プロデューサーの杉田(浩光)が大山さんと飲み友達だったらしく、「いつか映画音楽をやりたい」っていうのを聞いていたそうなんです。だから、今だ! と思ったのか、「明日、時間ない? ギター一本でいいから来てよ」って誘って、大山さんはなんのことかわからないまま2トントラックを連れて来てくれて、映像を見ながらアナウンスブースでどんどんアドリブで演奏。まさに、音楽が舞い降りてくる感じで音を入れてくれたんです。ギター一本でいろんなことをやってくれて、ほんとうにかっこよかったです。あれは奇跡でしたね。大山さんは、音楽を全部収録し終わってから、「これは映画だったんですね」ってわかるくらいなにも知らされない状態だったのに。

──それがこんなにバシっとハマって。

内山:特に博打打ちシーンの音楽に迷っていたので、うわぁ、きた、これだ! って思いました。ドラマチックでしたね。

──石破(茂)さんや村上(誠一郎)さんがあれだけ語っているのはすごいことですよね。

内山:石破さん・江田(憲司)さん・村上さんは、古賀さんが出演を働きかけてくれました。菅さんのことをよく知った関係性で話してくれる人に出てほしくて。村上さんはもともと自民党の中でもちょっと変わった立場の人ですけど、自民党のなかでもこういう想いがあるんだっていうのを話してくれました。石破さんは彼のなかのやるせなさを含めて語ってくれたのかなと思います。小選挙区制導入について小泉(純一郎)さんが反対で石破さんは賛成をしていましたけど、結局小泉さんの言う通りの結果になってしまった。だから、彼の言葉を受けて僕らがどう考えていくべきなのかっていう重みを感じました。

──後半に学生団体ivoteが出演しているのもすごく良かったです。映画の解説にも書いてある、「僕らがいま彼らの言葉を聞かないとまずいと思った。こんな国にしてしまった僕らに責任がある」という監督の想いが伝わってくる場面でした。

内山:若い人から話しを聞きたい気持ちはずっとあったのですが、これもたくさん断られました。この映画は一見、強い反政権映画だと思われがちだったので、本人は出てもいいけどまわりが嫌がってNGになったりもして。ivoteの彼らは、学生の考え方を知りたいことと、選挙は大切だという想いが周囲に伝わらないことに苦労している様子を撮りたいという想いを伝えたら、それならば……と出演してくれました。それぞれ考えが少しずつ違って、みんな自分自身の言葉を持っている。すごくリアルな想いでした。僕は、街頭インタビューには意味がないと思っているんです。作り手が、もともとの意図する答えをバランスや印象を考えた順番で並べているだけだから。そうじゃなくて、ちゃんと意味のある言葉にはどうしたら出会えるのか考えて。今後、学生だけを集めた試写会もやることにしました。意見交換をしたいんですよ。

──特に若い世代は、自分たちが大変だということすら気付けないままずっとただただ大変な状況が続いている人がたくさんいると思うんですけど、「どうして大変なのか」「政治のどこが原因で今の現状になってしまっているのか」の説明をするのはなかなか大変ですよね。

内山:編集でまるまる落ちてしまったんですけど、コロナ禍での炊き出しも撮影に行ったんです。とにかく若い人が増えていました。話しを聞くと、仕事が急になくなったという人が多かった。それって非正規雇用の厳しい条件がもとの原因なんだけど、なぜ非正規なのかっていう答えを自分自身の責任だと思っているようなのです。そして、それは正規雇用を減らすように進めた政治が原因なんだと伝えても、ピンとこない。だって、彼らにしたら今日明日のご飯や泊まる所は? という直近の生活自体が大変な状況だから。すぐにお金をもらえるほうが大事になってしまう。数十年前なら、同じ肉体労働でも十分に生活や家族が持てた時代があった。全て政治の責任とは言えないかもしれないけど、政治の進め方で、今より少しは豊かになるかもしれない。それを伝えなくては…と思うんです。自民党のやり方によっては選挙前にまた補助金を出してくるかもしれないけど、それってまた同じことの繰り返しですよね。これだけ政治が原因の不条理な状況に陥っているのに、政治が自分ごとにならないのはもどかしいです。

──監督は『世界ふしぎ発見!』『歴史ドラマ・時空警察』など有名な番組を作られてきていますが、経歴には『アナザーストーリーズ「あさま山荘事件」』、『よど号ハイジャック事件』なども担当されていますよね。

内山:僕の娘は18歳なんですけど、選挙には行っても実際そこまで政治への興味は足りていないんです。でも、若い世代が政治に興味を持てないのは僕らが橋渡しをできなかったということだし、こんな政権にしてしまったことを自分たちの世代が許してきたということなんですよね。マスコミとしての責任もすごく感じるし、次の世代への一歩のためにも、布石を打っていないとあまりにも無責任だな、と。あとは純粋に好きなんですよ、学生運動の現象も好きですし。ああいったエネルギーが今はなくなっているので、もっと政治をエンターテイメントにできる方法はないかって考えています。あさま山荘に関しても難しい番組の作りにはしてなくて、鉄球操作の職人や、現場で直面した最大のピンチは「おしっこの我慢だった」とか、突入した機動隊員が、死を覚悟した直前に無念に感じた「妻への言葉」だったりと、人間ドラマとして見せることで世間により深く伝わるかどうかの挑戦が好きなんですね。

──今回も若者を取り上げていて、若い世代へ希望を見ているような印象をうけました。

内山:僕の世代って、すこし上の世代がもたらしたバブル余波をひどい意味で受けているんです。そこに対して、あまりにも無責任にやってきやがってって思うから、せめて僕らはいい形で次の世代に橋渡しをして、今の状況を変えられたらと思います。今回、撮影途中から、菅さんより年上の話しを聞くのはやめようと決めました。自民党を見ても老害ニッポン、利権まみれを感じますよね。とにかく議員も経済も若い世代に移行すべきです。あとは、もっと自分も面白がりたいし、みんなで世の中を面白がらせてやろうぜ!っていう気持ちが大きいですね。

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