映画『親愛なる君へ』- 今は亡き同性パートナーの母と子との生活、血の繋がりを越えた"家族"の物語

第57回台湾アカデミー賞(金馬奨)3部門受賞作品、『親愛なる君へ』。世界的評価を受けた『一年之初(一年の初め)』のチェン・ヨウジエ監督の5年振りの作品は、『一年之初(一年の初め)』でもタッグを組んだモー・ズーイーが主演。表情から指先まで、モー・ズーイーの繊細な演技が素晴らしい。

モー・ズーイー演じるリン・ジエンイーは、亡き同性パートナーの病を抱える母親と小学生の息子ヨウユーと3人で暮らしている。間借り人だったはずのジエンイーが2人の生活の世話をしている。愛するパートナーの愛する家族なら、ジエンイーにとっても愛する家族なのだ。家族とは、最初から血の繋がりがあるわけじゃないし、すでに準備されているものでもない。家族とは、自らで作っていくものなのだ。 亡くなったのはジエンイーにとってはパートナー、母親にとっては息子、小学生のヨウユーにとっては父親。それぞれの思いが交錯し、時にぶつかりながらも穏やかに日々は過ぎていく。だんだんと家族になっていく。 だが母親の急死。男性であるジエンイーに対する偏見に満ちた世間の視線。なぜ血の繋がりもない男が老婆と子どもの家に入り込んで世話をしているのだ? そしてジエンイーは母親の殺人事件の犯人として疑われていく。

「もし僕が女性だったら夫が亡くなっても家族の世話を続けるはず」

キッパリと話すジエンイーの静かな言葉がズシッと響く。同性愛者というだけで、世間は偏見、差別、抑圧をあらわにする。ジエンイーの孤独と、ヨウユーに対する深い愛情。血の繋がりなど愛情に関係ない。いや血の繋がりがないからこそ、これから先の未来を生きていくヨウユーに向ける思いは深い。

時間を行き来しながら、母親の死の真相、そしてパートナーの死の真相が解き明かされていく。ミステリー仕立てになったり社会派サスペンスの趣があったり。何より、死の真相から浮かび上がるジエンイーの生き方を描いた人間ドラマ。さらに、性的マイノリティの人権、老人介護など、現代の様々な問題が同時に存在している。これがリアル。 同時に存在し繋がっている社会問題が、一人の人間の人生に組み込まれていく秀逸な脚本。街の喧騒と大自然の映像も美しい。重層的な物語でありながらシンプルに胸を打つ。「家族」とは何かを問いかけてくる。傑作です。(text:遠藤妙子)

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