松田聖子「渚のバルコニー」松本隆が描く女の子の “妄想” お泊りソング?  作詞活動50周年 松本隆の歌詞で多くのヒット曲を生み出した松田聖子の楽曲に迫る

1980年当時、松田聖子の支持率は女子が高かった?

松田聖子がデビューした1980年、私は中学2年生。同級生の女子たちは聖子に対して「ぶりっ子!」「カマトト!」といった言葉を浴びせてバッシングしていた記憶があるのだが、気がつくといつの間にかその言葉が「聖子ちゃんかわいい!」「聖子ちゃんの歌大好き!」に変わっていた。

それは1982年1月にリリースされた「赤いスイートピー」がきっかけだったのではないだろうか。呉田軽穂(松任谷由実)によるソフィスティケートされたメロディーと、松本隆の描く “好きな人を想ういじらしい” 主人公の姿に女子たちは共感し、その世界をうまく表現した聖子を支持するようになったのだと思う。私の記憶では、当時周りの女子たちは、ユーミンと聖子のアルバムの曲まで深く語れる子が多かった。そのくらい女子の聖子支持率は高かった。

「渚のバルコニー」情景を浮かばせる、松本隆の歌詞の素晴らしさ

さて、「まだ手も握ってくれない」彼に「ついていきたい」というひたむきな女の子の気持ちを歌にした聖子、その次はどんな女の子が出てくるのかな? と楽しみにしていたところにリリースされたのが「渚のバルコニー」である。

 渚のバルコニーで待ってて
 ラベンダーの
 夜明けの海が見たいの
 そして秘密…

という最初の歌詞から、この曲は “夏のバカンスに彼と海のリゾートにやって来て、海辺のコテージで二人だけの時間を過ごす” という、いわゆる彼氏とのお泊りソングなんだろうな、と思ってしまいがちだ。

しかしこの曲、夏というより季節は初夏。何故なら、

 馬鹿ね呼んでも無駄よ
 水着持ってない

そう、泳ぐにはまだ早いから水着を持ってきてないんだ、ということが伺える。それなのにジーンズを濡らして海に入って泳ぐ彼氏をあきれて見てる主人公は「馬鹿ね」となったわけだ。

 砂の浮いた道路は
 夏に続いてる

というフレーズからも、これから夏に向かっていく時期なんだなということがわかる。

 海沿いのカーブで
 走り過ぎる車数えた

というフレーズも、「キスしてもいいのよ」と、その時を主人公がずっと待っているというもどかしい時間の流れを感じさせる。

具体的な説明なしに情景を浮かばせるのが、松本隆の描く歌詞の実に素晴らしいところである。

好きな人とずっと一緒にいたい、彼氏と旅をする曲に込めた純粋な気持ち

ところで、普通、彼氏と旅をする曲は「彼ともっと進んだ関係になりたい」という気持ちが伺えるものが多い。しかし、この曲からはいわゆるセクシャルな雰囲気が感じられない。ただ「好きな人とずっと一緒にいたい」という純粋な気持ちだけがひしひしと伝わってくる。

1984年1月に「Rock'n Rouge」のカップリングで発表される「ボン・ボヤージュ」も、いわゆる彼氏と旅行に行く “お泊りソング” なのだが、

 アリバイはうまく作れたの
 女同士とママに嘘ついて
 疑いもしない顔見たら
 ちょっぴり胸の隅が痛かった

 ペンションに着いて名前を書くときは
 どうするの?
 こわいのよ 違うレールの上走る
 気分なの

というフレーズから、親に嘘をついてまでやってきた、彼氏との二人きりの旅に対する罪悪感のようなものが見え隠れする。

しかし「渚のバルコニー」からは微塵も伝わってこない。それは何故なのか? それはこの曲が、お泊りソングではなく実は “お泊りすることを妄想する曲” だからではないだろうか。

つまり、この曲は「赤いスイートピー」の続きであり、ようやく彼氏と想いを通わせた主人公が、

 ジーンズを濡らして泳ぐあなた
 あきれて見てる

… とか、

 キスしてもいいのよ
 黙ってるとこわれそうなの

… とか思っているのも、実は全て主人公が夢に見ていることなのではないだろうか。だからこそ、

 渚のバルコニーて待ってて
 きっときっとよ
 独りで来てね
 指切りしてね

という、それを期待して彼氏に呼びかけるようなフレーズに繋がっていて、そんなストーリーを日記帳に書いて、

 そして秘密

… と微笑みながら日記帳を閉じる主人公が私には見える。

なんともいじらしいではないか! さらにラストの、

 そして秘密

… の、「つ」の音が、コード(Gmaj7)のベース音であるGから見て9度の音(9th)という、不安定な座りの悪い音で終わっているところも、「まだこの話には続きがあるんだな」という雰囲気を感じさせる。いや、それこそおまえの妄想だろ! と言われればそれまでなのだが(笑)。

乙女たちを共感させる言葉がほぼ直訳、英語詞はドロシー・ブリトン

ところでこの曲に英語の歌詞が存在するのをご存知だろうか?

『ザ・ベストテン』に出演したときに、視聴者から「聖子ちゃんは英語が得意だそうですが、ぜひ英語で歌ってください」という投書があり、それに応えて番組内で英語ヴァージョンの「渚のバルコニー」を披露しているのだ。

英語詞を付けたのはドロシー・ブリトンさん。黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』を英語に翻訳したことでも知られている方だ。

通常日本語の曲を英語にした場合、音数の関係で元々の意味とは違うフレーズに変えられたりすることが多いのだが、このヴァージョン、ほほ直訳なのである。きっと松本隆が描いた世界観を崩したくなかったというのもあるだろうが、逆に言うと簡単に崩せなかったのではないだろうか。

Meet me darling on a seaside balcony
I want to see the Lavender rays of morning dawn
upon the sea
Don't tel anybody…

緊張しながらもなめらかな英語で「渚のバルコニー」を歌う聖子はとてもかわいかった、と記憶している。

この曲も「赤いスイートピー」同様、女の子のいじらしさが存分に表現されている上に、初夏らしい軽快なメロディーとアレンジで、50万枚を超える売上を記録。さらに、「赤いスイートピー」「渚のバルコニー」を収録したアルバム『Pineapple』もクオリティーの高い作品が並んでいて、LPは約35万枚の売上枚数を記録。アルバムアーティストとしての地位を不動のものにした。

それにしても松本隆という人は、どうしてこうも乙女たちを共感させる言葉を紡ぐことができるのだろう? スゴイお方だ…。

カタリベ: 不自然なししゃも

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