<南風>楽屋口での交流会

 五嶋みどりの沖縄初公演に、私は職場の友人を3人誘って行った。世界的な人の演奏って何だか難しそう…。彼女たちは初めためらっていたが、一度聴いたら絶対に好きになるからと説得した。
 当日のコンベンションセンター。満席にはあと一歩だったが、万雷の拍手なりやまず、みどりは何度も笑顔でステージに現れた。友人たちもよかったと破顔一笑。こうなるとサインがほしくなる。スタッフに尋ねると、楽屋口で待つようにとの返事。
 途中私たちは、バイオリンケースを持つ母子に声をかけられた。私たちもいいですか。もちろん。そのあと学生らしい男女のグループが加わって、楽屋口に10人余の列ができた。
 お待たせしました。少し高い声。みどりだった。立ちっぱなしのサイン会。一人終わるごとに、ありがとうの声が響き合う。
 突然、バイオリンの母親がカメラを手に、娘とのツーショットを願い出た。その時横目で見ていた私の頭に浮かんだ、ある交換条件。みどりと母子の写真を私が撮り、そのカメラで私たちも撮ってもらったのだ。ずうずうしくも。
 数日後、職場に来客があった。先日は妻と娘がお世話になりました、そう言いながら封筒をくれた。中には楽屋口での、あの写真が入っていた。しかもきっちり4枚。その人はうれしそうに、娘は五嶋みどりが大好きで、以来ますます練習に励んでいますと話し、プリント代も受け取らずに帰った。あれから28年を数える。娘さんはたしか小学4年生といっていたが、まだバイオリンを続けているだろうか。
 あの日私たちは、スタッフのはからいで幸運にもサインをもらうことができた。演奏家と聴衆。コンサートの後でこんな形の交流があってもいいかなと思う。
(新垣安子、音楽鑑賞団体カノン友の会主宰)

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