大原美術館の新スローガン「みんなのマイミュージアム」 ~ 100周年に向けた思いを大原あかね理事長にインタビュー

倉敷美観地区の中心にある、大原美術館。

倉敷市、そして岡山県を代表する美術館ともいえる大原美術館は、2030年に開館100周年を迎えます。

来たる100周年に向けて、大原美術館から新たなスローガンが発表されました。

そのスローガンは「みんなのマイミュージアム」。同時にロゴマークも発表されています。

スローガンには、どのような思いが込められているのでしょうか。

また大原美術館は、どのような姿で100周年を迎えようとしているのでしょうか。

公益財団法人 大原美術館 理事長の大原あかねさんに、インタビューしました。

大原美術館内は通常、撮影禁止です。館内の写真は特別に撮影許可をいただき、2019年に撮影したものです。

「すべての人にとって身近な大原美術館」を目指して

──スローガンを決めた背景を教えてください。

大原(敬称略)──

以前から大原美術館のありたい姿を考えていたのですが、「地方にある強みを生かして、すべての人にとって身近な大原美術館でありたい」という思いは変わらずに持っていました。

100周年が見えてきた今、ずっと抱えていたこの思いを実現するために、再び走り出そうと思ったんです。

まずは「日頃から支えてくださるみなさんに、私たちの思いを伝えよう」。

そして「みんなで一緒に『すべての人にとって身近な大原美術館』を実現したい」。

そう思って、今回スローガンを発表しました。

──抱いていた思いをスローガンにして発表しよう!と思った、きっかけはありましたか?

大原──

いくつかありましたが、なかでも新型コロナウイルス感染症の発生は大きなきっかけでした。

というのも、大原美術館の収入は約9割が入館料なんです。

大原美術館は、ひとりひとりに支えられて運営している美術館であるといえます。

緊急事態宣言などで休館せざるを得なくなったときは、とくに実感しましたね。

休館していた期間は、今まで以上に「大原美術館はなんのために存在しているのか」を考えるようになって……。

100周年を見据えて、みんなで同じ方向に向かうために“スローガン”というかたちで発表したんです。

──大原さんご自身は、大原美術館はなんのために存在していると思いますか?

大原──

アートを愛する人や地域の人たちにとって、大原美術館が倉敷にあってよかった!と思える存在でありたいと思っています。

実はこの意志は、設立者である大原孫三郎(おおはら まごさぶろう)から引き継いでいます。

大原美術館の設立趣意書にも、「ここにあることに意義があると思って設立します」と書かれているんですよ。

“倉敷”という地域に存在しているからこそ、地元のかたの小さな声にも応えたいんです。

そして、民間の美術館である私たちなら、小さな声に応えられる身軽さがあると思っています。

余談ですが、2020年にクラウドファンディングに挑戦したとき、大原美術館を“我がこと”として支えてくださっているかたが多いと実感しました。

大原美術館は、一般公開継続のための運営資金に充てるため、2020年10月26日から同年12月25日までクラウドファンディングを実施。当初の目標1,000万円を大きく上回る、23,155,000円の支援金を集めた。

これからの10年で、「私の大原美術館なんだ」という思いをもっと浸透させたいんです。

それが、大原美術館の持続性の担保にもつながると思っています。

みんなの“マイ”ミュージアムは「all」ではなく「every」

──「みんなのマイミュージアム」という言葉は、どのように決まったのですか?

大原──

職員みんなで決めました。

倉敷市や岡山県内に住む一人ひとりに「私の大原美術館だ」と思ってもらえるよう、スローガンの案を出しあっていたんです。

“みんなのミュージアム”という言葉が先に出ていまして……。

ある職員が「ミュージアムの前に“マイ”を付けたらいいんじゃないですか?」と言ってくれたとき、ピンときました。

たしかに、みんなのミュージアムだと「all」だけど、みんなの“マイ”ミュージアムは「every」だなと思いましてね

ほかの案も含めて検討を重ねて、最終的にみんなが納得したのが「みんなのマイミュージアム」でした。

──ロゴマークはどのように決めたのですか?

大原──

ロゴマークは、スローガンの意図をわかりやすく伝えるために作ったんです。

アートの見方と同じで、何に見えるか、何色だと思うかは人それぞれでいいと思っています。

自由に想像しながら、ひとりひとりにとっての大原美術館をロゴマークに託してもらえたらうれしいです。

画像提供:大原美術館

大原美術館から、地元のみなさんのもとへ

2019年のチルドレンズ・アート・ミュージアムのようす

──100周年に向けて、具体的にどのような活動をされる予定ですか?

大原──

大原美術館内での企画だけではなく、大原美術館からみなさんのもとへ行く活動も続けていきたいです。

100人いたら、100通りのリアルの場があるじゃないですか。

大原美術館に行くのがむずかしいかたもいるので、大原美術館がある場所だけがリアルな場ではないんですね。

それぞれのリアルの場に行くことで「私の大原美術館だ!」と思ってもらえたらうれしいです。

たとえば、新型コロナウイルス感染症の影響で延期になった、「倉敷の奇跡『泰西名画がやって来た!』」はいつかやりたいと思っています。

近くの小学校に、児島虎次郎(こじま とらじろう)が収集した絵画を持っていっておこなった展覧会です。

実は、大原美術館の開館前におこなったこの展覧会をなぞるような企画なんです。

実物が倉敷市にある意義を、改めて倉敷市民のみなさんと共有したいと思っています。

そして子供たちには、「大原美術館は公園のように気軽に遊びに行ける場所」と思ってもらえたらうれしいです。

ほかにも、以前おこなった水島臨海鉄道様や井原鉄道様との連携で実現した電車の運行や、院内学級の子供たちに向けたオンラインコンテンツの提供などもよかったですね。

引き続き、私たちがみなさんのリアルの場に行くことを大切にしたいと思います。

──いたるところで大原美術館を発見できそうですね!

大原──

「ここにも大原美術館がある!」「あそこにも大原美術館がある!」となれば、大原美術館が「みんなのマイミュージアム」に近づくと思うんです。

もちろん、美術館にも遊びに来てくださいね!

休日の過ごしかたとして、「今日はイオンモール行く?海行く?大原美術館行く?」と選択肢の一つになれたらと思います。

通常の営業に加えて、チルドレンズ・アート・ミュージアムも復活させたいし、結婚式の会場としても使ってほしいし……。

先人たちが立派なハコを建ててくれたんだから、使わなきゃ損!!

ハレの日もケの日も、大原美術館で過ごせる。これも「みんなのマイミュージアム」への一歩だと思います。

とはいえ、なんでもやっていいわけではないので、線引きがむずかしいんですけどね。

──100周年を迎えたときの、大原美術館の理想の姿はありますか?

大原──

世界が凝縮されている美術館」を目指していたいな、と思います。

大原美術館の今の入館者を見ていると、世界の人口比と比べたらアンバランスなんです。

健常者が多くて、ハンディキャップを持つかたたちが少ないですし。

海外のかたでもとくに、アフリカ系のかたが少ない現状もありますし……。

大原美術館の入館者をみて「ここは地球だね。これが普通だよね」といえるような場であってほしいです。

とはいえ、大原美術館を運営する次の世代が、やりたいことを自由にやってほしいというのが一番の思いです。

私は今、次の世代が安心して100周年を迎えられるように日々の仕事をしています。

大原美術館で、なにをして遊べるかな?

──最後に、読者へメッセージをお願いします。

大原──

「大原美術館でなにをして遊べるかな?」と思いながら、ぜひ遊びに来てください。

関わっていただきたいというのが一番の思いです。

私は、アートが無限大の力を持っていると思っています。

同時に、アートに関わるヒト・モノ・コトも無限大の力を持つと信じているんです。

大原美術館を通してアートに触れたとき、大原美術館が今まで遠い存在だったかたもよりよい未来を創るきっかけになったらうれしく思います。

ぜひみなさんそれぞれが「大原美術館で遊んじゃえ!」と楽しむ気持ちで、遊びに来てもらえたらと思います。

おわりに

インタビューを終えたとき、なんだか清々しい気持ちになっていました。

きっと、大原美術館のフットワークの軽さを、想像以上に感じたからだと思います。

「先人たちが立派なハコを建ててくれたんだから、使わなきゃ損!!」と言い切る、大原理事長の考え。

“会いに行く美術館”を実現する、職員のかたがたの思い。

地元の人の小さな声に応えようとする柔軟性があってこそ、大原美術館は「みんなのマイミュージアム」を目指せるんだと実感しました。

これから大原美術館を通してアートに触れた人は、どのようなことを感じ、どのような行動を起こすのでしょうか。

筆者もひとりのアート好きとして、アートに関わるヒト・モノ・コトは無限の力を持つと信じています。

大原美術館で、次はどうやって遊ぼうかな?

そう自然にワクワクするくらい、大原美術館が見据える未来を見つめた貴重な取材でした。

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