上告見送り

 日本の裁判は「三審制」がルールだ。裁判の当事者は判決で示された結論に不服があれば、3回まで審理を受けることができる。もちろん、当事者の一方が国や自治体の場合も基本的に仕組みは同じなのだが▲裁判に負けた行政側が上訴の時に言う「上級審の判断を仰ぎたい」という決まり文句はとても冷たく聞こえる。職業裁判官が審理を尽くした結果、行政の誤りが指摘されたという事実はたとえ一度でも十分に重いはずだから▲そうした経過を幾度も見てきたから驚いている。広島への原爆投下直後に降った「黒い雨」による健康被害を巡り、国が定めた援護区域の妥当性などが争われた裁判で、原告側の訴えを認めた広島高裁の判決について、菅義偉首相が上告見送りを表明した▲裁判の直接の被告である広島県・市は判決の受け入れを望んでいた。だが、真の当事者である厚生労働省は23日の時点で、そんな両者に上告するよう要請している。そこからの急展開、この週末、首相に何が起きたか▲上告しても勝ち目が薄いと悟ったか、敗訴を素直に受け入れることで支持率の上昇を狙ったか。はたまた、五輪の盛り上がりに水を差してはならない、と考えたか▲真意の在りかは分からない。少し不可解でもある。ただ、間違いなく歓迎すべき結論ではある。(智)

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