松田聖子「天国のキッス」松本隆が描いた自分の意志と感情に素直な “女の子のリアル”  作詞活動50周年 松本隆の歌詞で多くのヒット曲を生み出した松田聖子の楽曲に迫る

松田聖子「天国のキッス」で描かれた少女像

「天国のキッス」は1983年4月に松田聖子の13枚目のシングルとして発表された曲だ。 サードアルバム『Silhouette』(1981年)に収録された「白い貝のブローチ」(作曲:財津和夫)で初めて松田聖子作品に参加した松本隆は、続いて発表された6枚目のシングル「白いパラソル」(1981年 / 作曲:財津和夫)以降、松田聖子のほぼすべての詞を担当するようになった。そしてその一連の作品の中で、彼は強い存在感をもった魅力的な女性像を、歌謡曲という形のなかに描いていったと思う。

「白い貝のアプローチ」は少女が失恋する瞬間をテーマにした可憐さを感じさせる曲だった。しかし「白いパラソル」から始まるシングル曲を見ていくと、松本隆が描く少女像が、それまでの歌謡曲のお決まりだった “男の子のアプローチを待つピュアな少女” のイメージだけではなく、しっかりと自分の意志をもって行動するひとりの人格として描かれていることを感じる。

例えば「白いパラソル」では、なかなか告白してこない男の子にちょっとジレていたり、続く「風立ちぬ」(作曲:大瀧詠一)では、別れた人への未練を吹っ切ろうとしていたり、「赤いスイートピー」(1982年 / 作曲:呉田軽穂=松任谷由実)では、気の弱い相手に対する積極的な気持ちを見せるなど、一見 “男の子のアプローチを待つ少女” のようだけれど、実はどの詞にも自分の気持ちがはっきり描かれているのだ。

松田聖子が多くの女性の共感を得ることができた理由とは

70年代までの女性アイドル歌謡は、基本的に若い男性層をターゲットとして “男が理想とする清純な女の子像” を描くものだったが、そのパターンを打ち破ったのが山口百恵だった。山口百恵も初期には “男が望む女の子” を歌っていたが、作詞:阿木耀子、作曲:宇崎竜童による「横須賀ストーリー」(1976年)、「プレイバックPart2」(1978年)などで、自分の意志をもった強い女性のイメージを打ち出し、大きな話題となった。

個人的には、1980年に引退した山口百恵と入れ替わるように登場した松田聖子は、ある部分山口百恵が描いてみせた “女の子の意志” を受け継ぐ存在なんじゃないかと思っている。もちろん、松田聖子はストレートに “強い女” を見せているわけではない。けれど、松本隆が詞を提供するようになってからの松田聖子の歌からは、“夢見る少女” だけではない、自分の意志と感情に素直な “女の子のリアル” を感じるのだ。だからこそ、松田聖子は男性ファンだけじゃなく、多くの女性の共感を得ることができたのだろう。

そして、実際の彼女が20歳を超える頃から、歌詞に現れる女の子がより積極的になっていったような気がするのだ。

例えば彼女が20代になって最初のシングル曲「渚のバルコニー」(作曲:呉田軽穂)では男の子と一夜を過ごそうとしている女の子を描いているし、「小麦色のマーメイド」(作曲:呉田軽穂)ではお酒が登場、「秘密の花園」(1983年、作曲:呉田軽穂)では深夜の密会ともいうべきシーンが登場する。

少女の恋心を歌っていたはずの松田聖子が、この頃にはすっかりアクティブな恋する大人の女性をテーマにするようになっていたのだ。彼女の歌にこうした “女性のリアリティ” が自然に感じられるようになっていったのは、松田聖子自身の卓越した表現力と彼女の成長を適確に捉えて言葉を紡いでいった松本隆の共同作業の賜物なのだと思う。

作曲は細野晴臣、個性的なメロディに負けない、松本隆の刺激的な歌詞

そうした流れの上で「天国のキッス」を見ると、これはかなり深い作品だということに気づく。作曲は細野晴臣。松本隆とはかつてはっぴいえんどの盟友であり、この時点ではYMOの中心メンバーとして活動していた細野晴臣の起用は松本隆の提案だったというが、おそらく松本隆には松田聖子にそれまでと違うテイストの曲を歌わせようという意図があったのだと思う。

この曲は松田聖子の2作目となる主演映画『プルメリアの伝説 天国のキッス』の主題歌としてつくられたものだが、必ずしも一般受けするキャッチーなメロディーをもった楽曲ではない。おそらく意識的にフラットなメロディーが使われていて、それが転調の多用によってどこか神秘的な雰囲気を醸し出している。おそらく松田聖子にとって、これまでに歌ったことがないタイプの曲なのではないだろうか。

編曲も細野晴臣が手掛けているが、コンピュータを駆使したテクノ調のサウンドは聴いている分には軽快感を感るのだけれど、音程も取りづらく、歌うのはかなり難しいのではないかと思う。

さらに、個性的なメロディやサウンドに負けず、実は歌詞もかなり刺激的だ。この曲が主題歌となっている映画『プルメリアの伝説 天国のキッス』の主要な舞台がハワイなので、舞台設定が南国のリゾートになっているのは不自然ではない。けれど詞を見ると、描かれているのはかなり深い関係になっている男女のリゾート旅行じゃないかと思わせるし、主人公の女性もアヴァンチュールの中の大胆な恋の駆け引きを楽しんでいる。今風に言えばかなりの肉食系女子を思わせるのだ。

松田聖子のヴォーカリストとしての意欲を刺激してステップアップ

アイドルソングとして考えると、実は「天国のキッス」はかなりきわどい曲なのではないだろうか。けれど、そう感じるのは改めて詞を読んだからで、松田聖子の歌を聴く限りでは、圧倒的に可愛らしさやキラキラした生命力の印象が強い。

もしかしたら、それ自体が松本隆の狙いだったのではないかという気もする。あえて細野晴臣の品が良いけれど難易度の高い曲にチャレンジさせることで、松田聖子のヴォーカリストとしての意欲を刺激してステップアップを図る。そして、そんなチャレンジングな曲に一歩踏み込んだ歌詞を乗せることで、リスナーにも松田聖子自身にも過剰に意識されずに彼女の世界に大人のテイストを加えていく。そんな目論見があったのではないだろうか。

「天国のキッス」は詞が先につくられたと聞いたけれど、彼には細野晴臣がどんな曲をつけてくるかという読みがあったのだろう。それにしてもこれだけ難しい曲を、豊かに表情をつけながら聖子ワールドに引き込んで歌いこなす松田聖子の歌唱力はやっぱりすごいと思う。

「天国のキッス」は松田聖子が大人へと成長してゆくための大きなステップとなった曲と言えるのではないだろうか。この曲の次が “大人ソング” と評価された「SWEET MEMORIES」となったのも必然だったのだなと、改めて思った。

カタリベ: 前田祥丈

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