「金日成銅像」に妻を奪われた北朝鮮男性の悲劇

北朝鮮の各地に立つ金日成主席、金正日総書記の銅像は、同国で最も神聖かつ重要な施設とされている。24時間態勢で警備が行われ、国民が電力難に苦しむ中でも、銅像は照明で煌々と照らされている。「民族の太陽」である金日成氏は、常に光り輝いていなければならないからだ。

照明が消えでもしたら、故意でなくとも責任者のクビが一斉に飛ぶ大事件となる。戦前の日本で、御真影(天皇の写真)の汚損・破損で責任が問われていたのと同じと考えればわかりやすいだろう。

銅像に関する出来事であれば、ちょっとした不祥事でも大問題として扱われる。両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋は、道内の金亨稷(キムヒョンジク)郡にある葡坪(ポピョン)革命史跡地に立つ金日成氏の銅像の保衛隊員(警備隊員)を務める41歳のキムさんを襲った悲劇について伝えた。

キムさんの妻は、中国キャリアの携帯電話を使って韓国または中国に住む脱北者からの送金を、北朝鮮に住む家族に届ける送金ブローカー業を営んでいた。しかし、取り締まりが強化され、摘発されれば最悪の場合、処刑されかねない状況に追い込まれた。

妻は「自首すれば助けてやる」との保衛部(秘密警察)の言葉を信じて今年5月に自首した。ところが、「教化所(刑務所)に入っても足りないほどの罪を犯したが、(寛容に対処する)党の政策をありがたく思え」と言いつつ、労働鍛錬刑6ヶ月の処罰を下した。

名称は異なれど、労働鍛錬隊も拘禁施設で、不衛生な環境、絶対的に不足する食事、拷問や性暴行の横行、公開処刑、強制労働など人権侵害の温床であることには変わらない。生き残るためには、家族からの看守へのワイロ、食べ物の差し入れなどが欠かせない。キムさんも、結核を患いつつ強制労働に苦しめられている妻のために、毎日差し入れに通いながら、子どもの世話もしていた。

ところがある日、事件が起きてしまった。

「キムさんは、栄養が足りずきちんと食事を摂れなければ妻の病状が悪化すると思い、毎日食べ物を鍛錬隊に届けていた。そしてある日、妻が危うい状態になったことを知り、薬も届けようとして、銅像警備に10分遅れたこれが大きく問題視された」(情報筋)

10分の遅刻など大したことではないように思えるが、銅像、肖像画など金氏一家を称えるものに関しては、些細な不祥事でも大問題とされるお国柄だ。キムさんはあらかじめ、史跡地の党委員会に「病気を患っている妻があと4ヶ月、鍛錬隊で耐えなければならない、妻の面倒が見られるようにしてほしい」と頼み込み、遅刻「事件」の後にも許しを請うたが、党委員会はキムさんを罵るばかりだったという。

そして、キムさんが党委員会からの問責に煩わされている中で、妻は今月6日、息を引き取った。北朝鮮の習慣では、亡くなった翌々日の8日に発靷(出棺)することになっているが、おりしもその日は1994年に金日成氏が亡くなった日。キムさんは泣く泣く発靷をその翌日にせざるを得なかった。

子どもを抱きしめながら号泣するキムさんの姿は、村人の涙を誘った。密輸や送金ブローカーくらいしか仕事がない地域なのに、そのせいで捕まり、死んでしまったという悲劇は決して他人事ではないのだ。

生きていくための仕事のせいで死に追いやられ、たかが銅像のせいで問責され、大切な家族の最期も狂わされる。これが、人間中心のチュチェ(主体)思想を掲げつつも、国民の生命を大切にしない北朝鮮の実情だ。

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