【在宅医:佐々木淳コラム】第5波を迎えて、医師からのお願い

昨日の東京の新型コロナ感染者数は3000人を超えました。
文字通りの加速度的な増加。明日から全員が行動変容を起こしたとしても、接触から発症までのタイムラグを考えれば、この指数関数的増加傾向は少なくとも1週間は続くはず。そして、残念なのは、この状況が危機的だと新たに受け止める東京都民は、おそらくそう多くはないであろうということです。

仮に1日の新規感染者数が4000人で踏み留まったとしても(絶対にありえないと思いますが)14日間で5万6千人。このうち入院の対象を10%に制限したとしても5600人。増床してもベッドは足りません。そして残される在宅療養者は約5万人。感染症や公衆衛生の専門家ではない僕でもできる簡単な算数です。

この全員を自宅や隔離施設で安全に管理していくことが可能であるとは到底思えません。仮にきちんとモニタリングされ、重症化を早期に発見できたとしても、残念ながら入院はできません。在宅酸素とステロイドで対応できない低酸素血症は、もはや緩和医療で死を待つ以外の選択がありません。

そしてもっと大きな問題があります。

重症のコロナ感染者を受け入れているのは、それぞれの地域の中核的医療機関。東京都の要請で通常診療を制限し、コロナの受け入れを最大化していく、その過程の中で、心筋梗塞や脳卒中などの救命救急治療の受け入れが制限され、がんの手術は先送りされます。まじめに自粛し、感染拡大から身を守ったとしても、普段なら治せる病気が治せなくなるのです。

感染しない、持病のない人にとっては、変わらぬ平和な東京の風景かもしれません。しかし、ひとたび交通事故に遭ったり、心臓発作を起こしたりすれば、本人や家族は、これが本当に日本なのか!と、不条理な思いを強いられることになります。
イメージとは違うかもしれませんが、医療崩壊は、こうやって助けが必要な人だけを選択的に殺すのです。そんな2週間後の東京の姿を想像したくはありません。だけど、それはもはや避けられそうにありません。

コロナによる犠牲者の数は15000人を超え、東日本大震災の死者の数に肉薄しつつあります。そして、おそらくこれから加速度的に犠牲者の数は増えていくはずです。
高齢者と医療介護専門職のワクチン接種が(全員ではないにしろ)とりあえず間に合ったのが不幸中の幸いでした。ワクチン接種が少しでも遅れていれば、今ごろ、重症化した高齢者でベッドは埋め尽くされ、高齢者施設ではメガクラスターが続発し、そのまま多くの方がそこで亡くなっていたはずです。

入院や死亡のリスクが低いという理由でワクチン接種の優先順位が引き下げられたのは、若い世代の責任ではありません。しかし、だからと言って、無防備な行動は避けてほしいのです。その結果は自分たちに返ってきます。重症化のリスクが低いとは言え、多数の感染者が出れば、それに比例して重症者の数も増えます。いま、重症者病床で人工呼吸器につながれている人の多くが、要介護高齢者ではなく30~50代の若い世代なのです。

手遅れに思えるかもしれません。
だけど今からでも行動を変えることには、大きな意味があります。一人でも多くの人が、1日でも早く感染リスクの少ない行動を心がけることで、そのピークは大きく下がるのです。
私たちは命の大切さを知っているはずです。自分は感染しても軽症で済むかもしれない、だけど自分が感染させた人も軽症で済むとは限りません。不用意な行動が、見ず知らずの人の運命を大きく変えてしまうかもしれない、そんなちょっとした想像力と思いやりがあれば。これまで1年半も頑張ってきました。あと数か月で国民の大多数にワクチンが行き届くのです。そうすれば、感染は収束はしうるし、日常生活を取り戻すことができます。それまでにウイルスに殺されてしまう不幸な人を少しでも減らすために、あと少し、頑張ってみませんか。

具体的にどうすればいいのか。
みなさん、すでに十分知っているはずです。

まずは密を避けること。
これまでは「3密(密閉、密集、密接)」を避ければよいとされてきましたが、デルタ株は感染力が強いです。そして感染拡大中の地域では、無症状の感染者と遭遇する可能性はこれまでになく高くなっています。できれば、1密、2密も避けるように心がけたほうがいいと思います。

人との距離がとれない場合には、マスクをすること。それもできればウレタンではなく不織布マスクを。
マスクをしない状態で人と会話をしないこと。特に生活空間を共にしない人との飲食の場はなるべく避けること、そして避けられない場合には食事中の会話はしないことが大切です。

そして顔を触る前には、必ず手洗いか手指消毒をすること。自宅に帰ったら、あちこち触る前に、やはり手洗いを。

やるべきことはこれまでと同じです。
ワクチンの2回接種を終えていない人は、特に気をつけてください。
もちろんワクチンの接種を終えた人も、感染リスクがゼロになるわけではありません。引き続き、慎重な行動をお願いします。

法人や事業所の管理者・運営者の方は、向こう1か月だけでもいいので、社員・職員に対して可能な限り在宅勤務の指示を。飲食店経営者は、客席の十分な間隔と換気、アクリルボードの設置、そしてグループ来店者の入店制限と「黙食」の推奨を。商業施設の運営者は、人の密度の調整、人と人との接触を最小化する動線の工夫、そして十分な換気をお願いします。

もちろんすべての行動が危険なわけではありません。
疎な空間で、生活を共にしている人(家族や恋人など)と時間を過ごすことは感染のリスクは少ないはずです。静かな公園や森林、混雑していない静かな美術館や博物館、家族での自動車での小旅行やキャンプなどは、移動や滞在先での感染予防に気を付ければ、安全に楽しめます。昼間は人気が多いところでも、時間帯をずらせばリスクは下げられます。
工夫をすれば、夏休みの楽しい思い出を作ることは十分に可能なはずです。

そして、(地域によって多少の差はあるかもしれませんが)来週からワクチン接種が本格的に再開されます。
ぜひワクチンを接種して下さい。迅速にワクチン接種を実施する体制は整っています。打てる人から、予約が取れた人から、とにかく早く打ってほしいです。

新型コロナワクチンの高い有効性については、いまさら述べるまでもないと思います。デルタ株に対しても感染を防ぎ、重症化を防ぎ、死亡のリスクを減らすための十分な有効性を有しています。
https://covnavi.jp/

そんなワクチンの接種に不安を感じている方の多くは、副反応を恐れておられるようです。しかし、僕自身、これまでたくさんの方に新型コロナワクチンを接種してきましたが、副反応は言われているほど大したことはありません。

ファイザーの場合、1回目の接種で発熱する人は1割未満、2回目の接種でも25%。筋肉痛や風邪症状が出る人の割合はもう少し高いですが、解熱鎮痛剤を飲めば症状は緩和できます。そして通常は翌々日までに自然に改善します。恐れられているアナフィラキシーショックに至っては0.01%程度。もし起こったとしても、その場で対処すれば、死亡したり後遺症が残ったりすることはありません。

長期的な安全性がわからないという主張もあります。しかし、一般にワクチンの長期的合併症はほとんどないとされています。
ワクチンを打つかどうか悩んでいる人の多くは、ワクチンを打つことと、打たないことを比較して、どちらが安全か、ということを考えていると思います。
しかし、その前提は間違っています。

ワクチンを打たないということは、いずれ新型コロナに感染する、ということです。
これだけの感染力のあるウイルスと、我々は今後ずっと共存していくことになるのです。風邪をひいたことがない人がいないように、新型コロナも抗体がなければいずれ感染します。
感染すれば、若い世代であっても重症化・死亡のリスクはゼロではありません。そして、Long Covidとして知られる後遺症がかなり高い割合で残る可能性があります。そしてこの後遺症の多くはまだ十分に治療法が開発されていません。未知の(新たな)後遺症が出現する可能性も指摘されています。
https://forbesjapan.com/articles/detail/42455/1/1/1?s=ns

世界で数十億人が接種した安全性が充分に評価されているワクチンで感染を予防するのか、一定の割合で重症化・死亡・後遺症が生じることが明らかなウイルスに感染するのを待つのか。

どちらがあなたの人生を、そして周囲の人の生活をより安全なものにするでしょうか。

医療介護専門職の中にも、ワクチン接種をしていない人が、少数ながら存在します。いろんな考え方があっていいと思います。だけど、僕は、ぜひワクチンは打ってほしいと強く願っています。

あなたたちも、いずれ必ず新型コロナに感染します。
その時、あなたがケアしている患者・利用者やその家族、そして共に働く同僚たちを感染から守ることができると約束できますか?

あなたたちにとって、ワクチン接種は、あなた自身を守るためだけのものではありません。
安全な医療・ケアを提供する、その環境を確保するための必要条件の1つです。
ワクチン接種をしていれば避けられたクラスターが発生し、そこで犠牲者が発生した時、あなたは対人援助の専門職として何を思うのでしょうか。
論理的思考ができることは、専門職としての必須のスキルだとも思います。
もう一度、じっくりと考えてみていただきたいと思います。

私たちは、その職能故に優先接種の権利をいただきました。社会にその恩に報いるためにも、とにかく迅速なワクチン接種に取り組みます。

そして、在宅医療機関としては、これから急増していく感染者の在宅隔離における安全管理の支援と、重症者に対する在宅での医療提供についても可能な限り協力していきたいと思っています。

だけど、この東京を守るのは、医師でも医療機関でもありません。一人ひとりの行動です。どうか、よろしくお願いします。

佐々木 淳

医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長 1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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