『竜とそばかすの姫』に見えた未来像 日本アニメのモデリング的映画の誕生 伊藤さとりが語る

日本のアニメーションは世界的に評価が高く、宮崎駿を筆頭とするスタジオジブリや京都アニメーション、大友克洋、今敏、庵野秀明、押井守、新海誠、そして細田守など、世界に名を轟(とどろ)かせる監督が多く存在します。いわゆるジャパニメーションとも表される日本のアニメの魅力とは何なのでしょうか?

聞くところによると繊細なタッチによる絵の美しさやかわいらしさだったり、『AKIRA』や『エヴァンゲリオン 』のような近未来系SFや、『千と千尋の神隠し』や『君の名は。』『鬼滅の刃』のような日本の神仏や和を用いたファンタジーといった空想世界の表現力とも言われています。

日本でもZ世代以降はアニメ主流派と言われ、日本映画歴代興行収入は、2020年に公開された劇場版『鬼滅の刃』が、コロナ禍でシネコンを救ったと言われるほどの大ヒットを記録し、驚異的数字で1位を獲得。2位は『千と千尋の神隠し』(2001年公開)、3位は『君の名は。』(2016年公開)と全てアニメーションという現状です。

今や大手配給会社はもちろんのこと、各映画会社もアニメーションに力を入れる時代。その中で『おおかみこどもの雨と雪』『未来のミライ』などの細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』が東京オリンピック開幕1週間前の7月16日に公開となりました。

映画は、さえない女子高生・鈴がインターネット上の仮想世界で歌姫・ベルとして有名になっていくうちに、竜と呼ばれる謎のファイターと出会い、現実世界で運命に導かれていく青春ファンタジーです。まさに最近流行の異世界では別人になって活躍する「なろう系」でありながら、コロナ禍で苦境に立たされている音楽業界へエールを贈るキャラクター設定。声優陣には佐藤健、成田凌、染谷将太、玉城ティナなどの人気俳優たちから中村佳穂やYOASOBIのikuraこと幾田りらというミュージシャンを起用し、聴覚を刺激する立体的な映画へと発展。特に音楽を堪能できる仮想世界のシーンでは、細田守監督作品に必ず登場するクジラが無数のスピーカーを装着し、歌姫ベルを乗せ、圧巻のライブで人々を魅了していくのです。

ちなみにベルという名前も醜い傷を持つ竜も「美女と野獣」へのオマージュ。けれど物語はお伽(とぎ)話で終わらず、つらい過去により、心を閉ざしてしまった17歳の女子高生が、出会いを通して苦難を乗り越え、誰かの心の扉を開く存在へと進化していく過程がリリカルに描かれていきます。人生の大海原を家族と旅するクジラのように、友達や仲間の力を借りながら、それでもくじけそうになりながら、なんとか立ち上がる主人公の成長物語なのです。

本作は細田守監督による完全オリジナル脚本であり、実はスクールカーストやネット内のいじめ、ひとり親家庭、虐待といった難易度の高いテーマも盛り込まれ、それらをエンターテインメントに包み込むことで、若者たちにも問題に気付いてもらおうと意識して作られたように感じます。

若者たちに何かを伝えたいならば、彼らが好むアニメーションというエンターテインメントで、という考え。若者向けの社会派映画が少ない日本で、今後はアニメーションを通して問題提議をしていく必要があるのかもしれません。アニメ映画は娯楽といえども子供たちに直結する楽しい教科書。細田守監督や制作陣はそれに気付いて、きれい事ではない世の中をちゃんと描きながら、問題解決に必要なアイテムもちりばめた映画作りをこれからも続けていくのではないでしょうか?未来のジャパニメーションのモデリング的映画の誕生、それが『竜とそばかすの姫』なのです。

(映画コメンテイター・伊藤さとり)

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