アーティスト年金計画の破綻、ゴッホの幻の風景画が埼玉に、絵画の中の天気は?など:週刊・世界のアートニュース

いま、世界のアート界では何が起こっているのか? ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目のニュースをピックアップ。今回は7月17日〜28日に世界のアート系メディアで紹介されたニュースを「壮大なアーティスト年金計画の破綻」「日本人が関係する世界のアートニュース」「できごと」「アートマーケット」「おすすめの読み物、展覧会」の5項目で紹介する。

マイケル・ハイザーのランドアート《Double Negative》(1969) 出典:Wikimedia Commons(Clf23)

壮大なアーティスト年金計画の破綻

◎画期的ビジネスモデル破綻の原因
2004年に華々しくスタートしたArtist Pension Trustは、多くの作家から作品を集めて、長期的に販売し、売上金を参加作家で分配し、いわば年金にしようという営利目的の私的な基金。最終的に75カ国2000人の作家から1万3000作品(資産価値70億円以上)を集め、2016年に若干の分配金があったが、その後音沙汰がなくなり、今では参加作家達からの連絡に返信が来なくなり大きな問題に。当初はホイットニー美術館館長や、有名なキュレーター、ギャラリストらが関係者に名前を連ね、有望作家をリクルートして、業界の信頼が高かったが、少しずつ彼らも基金から離脱していき、中で働いていた職員も入れ替わりが激しかったという。今では作家達が信頼していたキュレーターや職員は誰もいなくなって連絡がつかない。作品を基金がオークションなどで販売して、40%が作家本人に、32%が作家全体のプールに、28%が基金運用の手数料にという取り決めだった。販売が予想よりうまくいかず、作品保管費用などが重くのしかかって当初の計画通りいかず、ビジネスモデルが破綻している状態。
https://www.nytimes.com/2021/07/27/arts/design/artist-pension-trust.html

日本人が関係する世界のアートニュース

◎杉本博司のリノベーション案が正式承認へ
ワシントンDCのハーシュホーン博物館の彫刻庭園を杉本博司がリノベーションする案がやっと正式承認された。博物館と庭園を隔てる壁を石を積んだ壁にする案が、コンクリートの現在の建物にそぐわないと反対意見が出て紛糾していた。バイデン政権になり、委員が刷新されたことが大きな助けに。
https://www.artforum.com/news/hiroshi-sugimoto-s-controversial-revitalization-of-hirshhorn-s-sculpture-garden-gets-the-go-ahead-86236

◎北斎の素描がついに公開へ
葛飾北斎が80代の時に「万物絵本大全図」という本の制作のために描いた素描103点を大英博物館が購入していたのは既報だが、それらがついに展示されることが決まった。9月30日から来年1月30日まで。これら素描が一般公開されるのは史上初だという。版画の本が制作されなかったために奇跡的に残った北斎の素描。
https://www.theguardian.com/artanddesign/2021/jul/20/boundless-invention-british-museum-to-show-more-than-100-unseen-hokusai-works

◎ゴッホ、幻の風景画が埼玉に
ゴッホの初期の水彩画で、1903年に一度だけ展示されて以来、白黒写真でしか確認されてなかったハーグの風景画。数奇な経緯をたどり1950年以降行方不明になっていた。それが去年9月に、なんと日本の丸沼芸術の森代表である須崎勝茂が購入し、埼玉県立近代美術館に寄託されていることが判明。
https://www.theartnewspaper.com/blog/exclusive-first-colour-image-of-a-lost-van-gogh-landscape

できごと

◎美術館でもエンゲージメント測定
イタリアのある美術館(Istituzione Bologna Musei)では、各作品にカメラを備え付けて、来場者が、それぞれの絵をどのくらいの時間、どれくらいの距離で見ているかなどいわゆるエンゲージメント測定をはじめたという。結果によって作品の場所や照明を変えたりしていく予定とのこと。オンラインで使われている手法が美術館の実地にも活用されはじめている。
https://www.engadget.com/italian-museum-camera-art-131010046.html

◎美術館入館には「健康パス」が必要
フランスでは、7月21日から美術館への入場に際して、ワクチンの完全な接種か48時間以内の陰性証明ができる「健康パス」のQRコードが求められるようになった。ただ、反発も強く、個人の自由の侵害だとして大きなデモもおきている。
https://news.artnet.com/art-world/france-prepares-to-introduce-health-pass-1990681

◎イギリスのアート、クリエイティブ教育界の人気に陰り
イギリスでは、音楽、演劇、アートなどのクリエイティブ・文化の科目をとる学生や教える先生の数が10年前に比べてかなり減っていると労働党が警告している。文化予算削減のあおりで音楽と演劇の学生は20%減り、音楽の先生は7人に1人が辞めてしまったという。
https://www.theguardian.com/education/2021/jul/15/creativity-crisis-looms-for-english-schools-due-to-arts-cuts-says-labour

◎先住民を装ったアーティスト
カナダのミュージアムショップやギャラリーで先住民アーティストによる作品として販売されていたものが、実は先住民と偽った作家によるものとわかり大問題に。ハイダ族による作品とされていたものを見たハイダ族のファッションデザイナーが一目で違うと見破りFacebookに投稿したことがきっかけ。
https://www.cbc.ca/news/canada/british-columbia/bc-fake-indigenous-artist-harvey-john-1.6114608

◎フランク・ロイド・ライト建築に住める
フランク・ロイド・ライト建築のLAの住居が約4.7億円で売りに出ている。1925年に完成し、後に3人の建築家によって増築された。現存するライトの20の重要な住居建築の一つだという。94年の地震で住めなくなり、2000年からの3段階の補修工事が始まったが、第1段階後に資金が尽き補修プロジェクトは止まっている。現在もさらなる補修が必要な状態。
https://www.dwell.com/article/samuel-and-harriet-freeman-house-frank-lloyd-wright-los-angeles-real-estate-e2dfa605

◎破損したガラス作品が帰還
ベイルート港爆発事故で破損したガラス作品が8点、TEFAFアートフェアの資金助成のもと大英博物館で修復され、展示された後、ベイルートに戻される。レバノンがガラス制作の世界の中心とみなされていた紀元前1世紀のもので当時の制作方法などを示す貴重なものだという。
https://www.artnews.com/art-news/news/british-museum-tefaf-glass-restoration-beirut-explosion-1234600012/

◎ランドアートを守れ
ネバダ州にあるマイケル・ハイザーによるランドアート「Double Negative」の近くの砂漠に、アメリカ最大のソーラー発電所を作る計画が進行していた。しかし、ハイザーの作品の邪魔になるとする反対運動によって撤退に追い込まれた。
https://www.artforum.com/news/solar-project-that-threatened-michael-heizer-s-double-negative-canceled-86264

◎止まらぬ深圳の勢い
AEA Consultingによる文化インフラインデックス(美術館等の建設実績や計画に関するデータ)によると当然2020年は19年に比べて3割スローダウンしたが、それでも世界で6000億円以上かけて104館が完成した。概観では欧米で落ちて、アジア、特に中国で伸びた。特に深圳は今後、巨大施設がいくつも完成する予定で、2020年に発表された世界の文化施設の高額なプロジェクトトップ13のうちなんと7つが深圳のものだという。
https://news.artnet.com/market/museum-trends-2020-aea-consulting-1992975

アートマーケット

◎「あなたのトークンがエルミタージュ美術館で保管されます」
エルミタージュ美術館でも、コレクションの中から、モネ、ゴッホ、ダ・ヴィンチの絵画をNFTとして8月末にバイナンスにて売り出すことがわかった。ロシアの厳しい暗号通貨に関する規制を乗り越えての実現とのこと。売り文句は「あなたのトークンがエルミタージュ美術館で保管されます。」
https://www.artnews.com/art-news/news/hermitage-museum-nfts-monet-leonardo-1234600031/

◎アート・バーゼルのラインアップ発表
今年の9月にスイスで開催予定のアート・バーゼルの出展ギャラリーが発表された。2019年に比べ若干減って273画廊。東京からはタカ・イシイギャラリー、Take Ninagawaと東京画廊+BTAPの3つが出展。NYからの新顔としてBridget Donahue、Lyles and King、 Queer Thoughtsなどの若手が入っているのは新鮮なニュース。
https://news.artnet.com/market/2021-art-basel-exhibitors-1990892

おすすめの読み物、展覧会

◎名作の世界観をウェブサイトでも体験
アイスランド人作家ラグナル・キャルタンソンによる9面スクリーンのビデオインスタレーション《The Visitors》は21世紀の名作の一つとされ、世界中を巡回している。2012年にNYの郊外の古い邸宅に友人のミュージシャン達と住み込んで制作された。その舞台裏を作家本人やミュージシャン達に綿密にインタビューしてウェブ上でさまざまなインタラクションを駆使して再構築した意欲的な長文記事。
https://www.washingtonpost.com/arts-entertainment/interactive/2021/the-visitors-ragnar-kjartansson-oral-history/

◎絵画の中の天気は?
絵画の中の天候や気象条件を読み解いてみようと、批評家が気象学者と一緒にワシントンDCのナショナルギャラリーに行って、オキーフ、スティーグリッツ、葛飾北斎、コンスタブルなどの有名作品について解説をするユニークな記事。
https://www.washingtonpost.com/arts-entertainment/interactive/2021/weather-patterns-in-art/

◎サンローランとダグ・エイケンがコラボレーション
サンローランはダグ・エイケンにヴェネチアでインスタレーションをコミッションし、コロナ後初の現実のファッションショーを開催。鏡張りの巨大な構造内に近郊の植物で庭園をつくったもので、エコロジーがテーマ。インスタレーションは7月30日まで閲覧でき、取り壊された後は使用された植物をヴェネチア中に植え直すという。
https://www.artnews.com/art-news/news/doug-aitken-saint-laurent-installation-venice-1234598705/

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