【高校野球】新型コロナ感染と向き合った日大三ナイン 名将・小倉監督が振り返る1年間の苦闘

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日大三・小倉監督【写真:佐藤佑輔】

国学院久我山の“小兵”に苦戦、西東京大会・準決勝で敗退

未曾有の事態に苦しみながら、戦い続けた1年が終わった。31日に東京ドームで行われた全国高校野球選手権の西東京大会準決勝。日大三は、国学院久我山にあと一歩及ばず3-4で涙を流した。小倉全由(まさよし)監督は試合後、新型コロナウイルス感染拡大と向き合ってきた1年間を振り返った。

初めて東京大会が開催された東京ドームの舞台で、先手は取った。2回2死、鎌田慎也内野手(3年)の左翼席へのソロで先制。その裏に逆転されるも、1点ビハインドの3回1死で星憂芽外野手(3年)が右翼席へソロを放ち、試合を振り出しに戻した。接戦の展開は終盤まで続いたが、国学院久我山の168センチ右腕・高橋風太投手(3年)を打ち崩せず、1点差で散った。

「大きいのを狙うわけではなく、ベース上(に来るストライクの球)を引っ張っていこう」。小倉監督はそう指示して挑んだが、得点に結びつかなかった。高橋のフォークに苦しみ、チーム全体では6安打を放つも、半分の3安打は星。相手の好守にも阻まれ、打線がつながらなかった。「いいように放られてしまったね……」。悔しさを滲ませながらも、敵将として国学院久我山を褒め称えた。

日大三も5月に部員が感染、コロナ禍での練習は「難しかった」

2年ぶりに開催される夏の甲子園。その道のりで、コロナ禍は球児たちを苦しめた。史上9度目の春夏連覇がかかっていた東海大相模(神奈川)や、星稜(石川)、中越(新潟)、福井商など、各地で感染による出場辞退が続出。日大三は最後まで戦うことはできたものの、今年5月に部員が感染し、春季東京大会決勝は延期に。2週間の自宅待機などを余儀なくされた。

「見えない敵でしたからね、コロナは。その中で、選手たちの体調を崩さずにやるというのは難しかったですね」と振り返る。隔離期間が明けて練習を再開しても、何が正しいのか分からなかった。厳しい練習で追い込むべきか否か、専門家に意見も求めた。

「医師からは『選手が免疫を強くするために、睡眠時間だけはしっかりとるように』と言われたので、まずしっかり睡眠取ろうと言いました」

感染したら夏が終わる――。寮の自室でもマスク着用を義務付け、睡眠時間の確保など免疫強化の取り組みを徹底。そんな中、選手らの成長も感じる出来事も。山岡航大主将が中心となって提案したのは、夕食の時間を早めることだった。

睡眠時間を長く確保するという意図だけでなく、他の部活の選手たちと一緒になって“密”になりがちなトレーニング室の利用時間をずらす狙いも。小倉監督は「山岡を中心に、やるべきことを理解しているんだなと感じました」と大きく頷く。一緒に寮生活をする中で「遠慮なく思ったことはなんでも言ってこい」と、信頼関係を築いてきた。

3年ぶり18回目の出場は叶わなかった。ただ、この苦境を戦い抜いた経験が無駄になったわけではない。「選手らには『よくやった』と言いたい」。春夏通じて21度の甲子園出場を誇る名将は、選手らに優しい眼差しを向けた。(川村虎大 / Kodai Kawamura)