田村正和主演、TBS金曜ドラマ「夏に恋する女たち」の劇伴は伊藤銀次! 

ドラマ「夏に恋する女たち」伊藤銀次が劇判を担当!

大好きだった名優、田村正和さんが亡くなった。当たり役だった古畑任三郎も含めて、その独特の存在感あふれる演技はまさに “The Only One”。

後にも先にも彼のような役者はもう出てこないと思う。なにやら古畑任三郎を他の俳優でリメイクするという噂もあるらしいが、もしリメイクするなら、誰も “田村古畑” を知らなくなる50年後ぐらいにしたほうがいいのではないかと思う。

残念ながら田村さんと会ってお仕事をともにすることはなかったが、一作だけ田村さん主演のTVドラマの劇中音楽を担当させていただくことがあり、間接的にお仕事を共有することができた。それが1983年の8月から9月にかけてTBS系で放送された『夏に恋する女たち』である。

このドラマは、バツイチのカメラマン、母親にトラウマを持つ中年ホスト、レイプ経験のある女イラストレーター、画廊商人、離婚直後の独身女などが住む六本木か青山あたりのマンションに暴行されそうになった一人の不良娘が舞い込んできて、それがきっかけとなり、それまで何の交流もなかった彼らが反目したり理解しあったりしていく当時としてはちょっとスタイリッシュな作品。

田村正和さんをはじめとして、原田芳雄さん、名取裕子さん、津川雅彦さん、梓みちよさん、萬田久子さんなど超豪華な出演者に加え、主題歌は大貫妙子さん。しかもその編曲に坂本龍一君の名が。その毎回の劇中音楽、いわゆる劇伴に僕が起用されることになったのだ。

新しさを感じたドラマには“シンセを使った打ち込み”で!

ドラマの設定などにどこか新しさを感じた僕は「音楽にも新しさを」と、全編生楽器を極力使わず、思い切って当時の劇伴では珍しかった、“シンセを使った打ち込み” で行こうと決めた。

ドラムス&パーカッションには生ドラムではなくリンドラムというドラムマシーンを使い、打ち込みのプログラマーには初期のシュガー・ベイブでパーカッションを担当していた木村しんぺい君、シンセサイザーのプレイヤーには国吉良一さん。

ときにエキゾティックスの柴山和彦君や、のちにフェンス・オブ・ディフェンスを結成する北島健二君がギターで参加してくれることがあった。それでもほとんどの曲は銀次、木村、国吉の3人で制作することにした。

主演の田村正和さんの役どころは、かつてはベトナムで戦場写真を撮っていたけれど、いまはグラビアなど商業的な仕事しかしてないバツイチのカメラマン。どことなく心にぽっかりと開いた穴を埋めることができずにいる “乾いた空気” を漂わせる役どころ。今思えば、まさに田村さんにぴったりの役だった。

まだ音楽のついていない第1回目のラッシュを観て、まず頭に浮かんだのは、若いときのような熱い思いをなくしたまま日々を送るカメラマンの空虚で乾いた心のようなメロディだった。

緑山のTBSのスタジオで3人で形にしてみたら、どことなく『アヴァロン』の頃のロキシー・ミュージックみたいなサウンドに―― 僕はこれに「田村正和のテーマ」と名付けた。

現場で学んだ映像と音楽の関わり合い

初回のマンションでの暴行シーンでは、リンドラムで作った4分の6拍子のリズムパターンに、ガムランのような響きのシンセとノイジーな歪みのギターを重ねてアバンギャルドな緊迫感を作るなど、結構張り切って挑戦的にトライしてたつもりだったのだが、頑ななほど新しくかっこいいサウンド作りにこだわりすぎたせいか、しかも思ったよりも打ち込みに時間が掛かりすぎることもあって、どこかスタジオが、そしてサウンドがシリアスな空気に包まれるようになってしまった。

そんなある日、このドラマの演出を担当する近藤邦勝さんからこんな言葉が。

「銀次さん、登場人物が暗い気持ちや悲しい気持ちの時に、それと同じような暗くシリアスな音楽をつけちゃ広がらないよ。むしろその人物の心が求めてる希望や救いのような音楽をつけてほしいんだ。だってポップスの銀次さんじゃないか」

まさに “目からウロコ” とはこのこと。この近藤さんのアドバイスは今も忘れられない。映像と音楽とは重なり合うことなく、相互に関わり合いながらひとつの表現をめざすのだということをこの現場で学ぶことができたのだった。

近藤さん、ありがとうございました。それからはそれまでのこだわりや肩の力がとれてリフレッシュして作業することができたのでした。

「田村正和のテーマ」は僕だけのメモリアルチューン

8月1日は田村正和さんのお誕生日。その日にあたって、『夏の恋する女たち』では、なんでまた僕にしてはめずらしくシリアスで乾いた音楽作りを目指してしまったのだろう… と、あらためて考えてみたら―― そうか、田村さんの演じるカメラマンのぽつんとした空虚な空気感がリアルで凄すぎて、僕にまで乗り移ってしまったのかもしれない。

その頃はまだ気づいていなかったけれど、田村さんの存在感の凄さを、今あらためて実感している。

誰も知らないけれど、「田村正和のテーマ」は、僕だけの田村さんとの一生のメモリアルチューンになりました。ありがとうございました。そしてあらためてご冥福を祈ります。

カタリベ: 伊藤銀次

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