各地でトラブル続発、北朝鮮の農村「嘆願」事業

最近の北朝鮮でさかんに行われている「嘆願」事業。都市部の若者が、労働力の不足が著しい農村や炭鉱などに「ぜひ行かせてほしい」と申し出て、その意気込みを買った国が彼らを希望通りに送り込む、ということになっているが、もちろん嘘八百だ。

国から必要な人数を割り当てられた地方当局により、若者らが農村や炭鉱行きを「嘆願」するように強いられ、泣く泣く行かされるというのが実情だ。そして、この手の動員が行われるたびに、様々なトラブルが続出するのが北朝鮮の常である。咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が、その一端を伝えた。

現地で嘆願事業を巡ってまず浮上したのは食糧問題だ。ただでさえ深刻な食糧難の中、手ぶらで農村に送り込まれた若者たちは、実家の親に電話してこう頼み込むのだという。

「食べるものがなく生きていくのがつらい、仕送りをしてほしい」

当局は若者を送り込むだけで、その世話は農村に丸投げする。しかし、支援される側の農村にそんな余裕があるわけもなく、トラブルを起こしてばかりの若者になけなしの食糧を分け与えるわけがない。かくして若者たちは、親のすねをかじらざるを得なくなるのだ。

中には、親にこんな頼み事をする若者もいるという。

「文書を抜いてくれ」

この「文書」とは、当局が国民一人ひとりのすべて個人情報をまとめたもので、成分(身分)、現在の職業、賞罰などが記載されており、中国の「檔案」に相当する。農村や炭鉱に派遣されている場合、文書はその地域の安全部(警察署)に一時的に移管されていると思われるが、このまま1年以上住み続けると、「都市戸籍」から「農村戸籍」に変わってしまい、一生を貧しくインフラも整っていない農村に縛り付けられることになってしまう。北朝鮮で農村は、実に阻害された場所なのである。

そんなハメになるのをなんとかして防ごうと、親のカネやコネをフル動員して、農村から救い出してほしいと頼み込んでいるというわけだ。

もし運悪く「農村戸籍」に変わってしまったとしても、なんとしてでも農村から脱出しようとするだろう。そもそも、農村での労働力不足は、様々な手段を使って逃げ出す人が増加したことに起因すると考えられている。

逃げ出そうとする若者がいる一方で、農村や炭鉱への「嘆願」事業が続けられているのだ。平安南道(ピョンアンナムド)の情報筋は、30歳以上で朝鮮労働党員ではない男性が加入することになっている朝鮮職業総同盟(職盟)が、対象者を選んで農村、炭鉱などに「嘆願」させていると伝えた。

職盟員の多くは家庭を持っており、単身で送り込まれる若者とは異なり、一度送り込まれれば、逃げ出しづらいという「メリット」があるのだ。しかし、老いた親を抱えた職盟員が対象者に選ばれ、医療施設の整っていない地方に親を連れて行くわけにもいかず、置いていくわけにもいかない。

通常、「嘆願」の形で農村に行く場合は家族全員で行くことになっているが、労働力にならない60歳以上の年老保障対象者(定年退職者)は対象外で連れていけないことになっている。親をとても大切にするお国柄なのに、国のためなら親をも捨てろと強いているわけだ。実際、このような不満の声が上がっていると情報筋は伝えた。

「個人談話(面談)でもして、家の事情がどうなのか知ってから嘆願のノルマを割り当てるべきではないのか」

一方、朝鮮社会主義女性同盟(女盟)にも「嘆願」事業へのノルマが割り当てられているが、こちらは自発的に応じようとする人もいると、情報筋は伝えている。

「今は国全体が苦しい時期なのに、自分だけ家庭でじっとして妻や母親としていてられようか。自分が社会主義農村に根を下ろして、トゥエギバッ(個人の畑)を得て穀物生産に少しでも貢献できれば、国の食糧事情がよくなり、人民生活も安定するのではないか」(ある女盟員)

しかし、そんな女盟員に向けられる視線は冷たい。中でも年配の人の中からは「妻が嘆願して夫がついていくなんて、この国の歴史でかつてなかった特異なこと」などと、旧態依然としたジェンダー観からの批判の声が上がっているとのことだ。

一方で、妻が嘆願して行くとなれば、夫や子どもまで皆行かなければならないのに、夫の職場の問題、子どもの教育問題はどうするのかと夫婦げんかになるケースも多いという。

北朝鮮は教育を非常に重要視するお国柄だが、地方に行けばまともな教育を受けられないことは自明だ。妻は夫から「組織から強制されたわけでもないのになぜ行こうとするのか。いつからわが国(北朝鮮)は女尊男卑になったのか」など罵られつつも、耳を傾けず農村に向かおうとしている。おそらく嘆願して農村に行くことで、女盟組織内で出世できると踏んでいるのだろう。

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